大都会の祭りのとき
新橋と虎ノ門を結ぶ通りなので、シントラ・ストリート。
この、短いけれどゆったりと幅のある大通りで「東北六魂祭」なる祭りが行われた。いや、祭りというよりパレードといったほうが正しいかもしれない。
東北を代表する六つの祭りが、それぞれ現地そのままの姿で、東京都心のこのシントラ・ストリートを練り歩き、踊り歩くという壮大なイベント。これに招待され、ふたりで出かけた
広いストリートの両側をいくつかのブロックに分け、スチールチェアをずらりと並べた招待席の、私たちの席はGブロック。ほかのブロックと違って、外国人客を中心にした場所だという。
というのは、私たちを招待してくれたのが、このイベントを主催する大会社森ビルに勤務するプリシラなる女性。
「ブロックは決まっていても、先着順の自由席なの。みんな早くから並んで、いい席に座ろうとするはず。葉山から出てくるんだから、早くは無理でしょう。外国人たちはぎりぎりにならないと来ないから、ゆっくりでも大丈夫よ」
こうまで気を利かせてくれたプリシラは、なんとわがみゆきの娘。
「葉山にばかり籠っていないで、テリーさんと一緒にお祭りにでもいらっしゃい」
横須賀線、タクシーでやってきたものの、広範囲な交通規制が行われていて、ビルの谷間をどう行ったらいいか迷っている私たちに、道の反対側から、
「ママーっ!」
声が飛んできた。
同僚らしいひとたちとイベント整備、招待客たちの誘導などに出てきたプリシラが手を振っている。こうして私たちは無事最高の席の、しかも最前列に並ぶことができた。
プリシラのことは、いずれ詳しく書く。
ここは「東北六魂祭」の話。
「東北六魂祭」は、壊滅的な打撃を与えた大震災から立ち直ろうとする東北を励ますための「がんばろう東北」キャンペーンのひとつで、年に一度、六つの祭りがそろって全国を回っている。
それで今年は東京で、となっている。
六つの祭りとは、青森ねぶた祭り。秋田竿燈まつり。盛岡さんさ踊り。山形花笠まつり。仙台七夕まつり。そして、福島わらじまつり。
六つとも来てはいるが、この日の午後の部には、さんさ踊り、竿燈まつり、わらじまつり、ねぶた祭りの四つが繰り広げられる。
ずいぶん昔だが、六つとも見に行ったことがある私と違って、全部が初めてというみゆきは、パレードが始まる前から身を乗り出して勢い込んでいる。
クリスチャンの家庭に生まれ育ったにしては、こうした日本の祭りが大好きで、葉山の祭りにもねじり鉢巻きで参加しているほどだ。
さんさ踊り、がやって来た。
たすき姿の華やかな着物の前に太鼓を抱き、流れる歌声に合わせてテンツクテンツク叩き踊る50人ほどの女性たち。
その最前列に「ミスさんさ」のたすきをかけた若い女性が5、6人手を振り振り進む。
この「ミスさんさ」の誰もが、東北美人なのだろうが、それにしてもたいそうあかぬけており、アイドル的だ。
「AKBみたいね。昔の踊り手さんたちはこうじゃなかったでしょうね」
みゆきがいう。
踊りの群れは、優雅に、可憐に過ぎていった。
竿燈、は勇壮。
1本の長い竿に、ブドウの房のように提灯を実らせ、その竿を手に持ち、肩に乗せ、さらに突き出した腰に乗せ、頭に乗せ、竿を次々に継ぎ足して、伸ばしていく。
竿燈は5本だったか。
バランスをとるのは至難の業と見られるが、男たちは道幅いっぱいに練り歩く。
中には竿が大きくしなり、先端が地面に届きそうなほどにになり、いまにも落ちてきそう。
そのたびに、観客たちから悲鳴、驚きの声が上がる。
「夜には提灯に灯が入るんだよ」
「風が吹いてたら危ないでしょうね」
「昔は火事になったこともあるらしい」
口をぽかんと開けて、高い竿燈を見上げる私たち。
その向こうに虎ノ門ヒルズが、冬の青空にそびえたっていた。
わらじまつり、は長さ12メートル、重さ2トンの巨大なわらじを十数人の男たちがワッショイ、ワッショイと担いで歩く、いううなれば「わらじ神輿」。
男たちは、わざとよろけて、観客席になだれ込む素振りをする。
そのわらじに触ることができたひとには、幸運が訪れる、と聞いて、手を伸ばして道に出かけるみゆきを私が慌てて引き戻す。
みゆきは、草鞋に触ることができなかった。
「幸運はつかめなかったね」
「いいの。もうつかんでるから」
私たちは、仲がいいのであります。
七夕まつり、は色とりどりののぼりを押し立て、あるいは両手に扇を大きく開いて舞い歩く多くの男女の行進。
中に甲冑姿の男がいて、これは伊達政宗らしい。
どう見ても市役所の職員風な伊達政宗が、
「皆の衆、仙台に来るのだぞ」
などと叫んでいるのが可愛らしい。
最後は、ねぶた祭り。
巨大な張りぼての、いななく白馬に、片肌脱いだ荒くれ男。
この台車を掛け声とともに引き、押し歩く男たち。
「青森のこれは「ねぶた」で、弘前のは「ねぷた」っていうんだ」
「同じような祭り?」
「いや、青森はこんな元気いっぱいだけど、弘前のは原色の武者絵なんかが描かれた大きな山車がしずしずと進む。幻想的な光景だよ」
「それは来なかったのね」
「うーん。あの山車は夏の夜だからいいんで、都会の明るい昼間には合わないからだろうね」
巨大白馬は、ヒルズのビルに向かって高くいなないていた。
祭りの男女も観客の私たちも、充分に楽しみ、疲れた「東北六魂祭」だったが、終わっても帰りが大変。
観客たちが一斉に、地下鉄駅に歩き出し、そのひと群れに包まれると、どこに向かっているのかもわからない。
見える景色がどれもこれも、初めて見るような、ずっと以前に見たような、つまり同じような眺めばかりなのだ。
近くだろうとたかをくくって歩き、横道に舞い込み、丘を上がっては降り、1時間近くもかけて、ようやく六本木ヒルズに辿り着いた。もうすっかり夜。
欅坂は、すでにイルミネイションに彩られていた。
イルミネイションを背にみゆきの写真を撮っていると、みゆきの腕にとびかかってきた女性が。
プリシラ。
「こんなところでなにをしてるの?」
「プリこそ、どうして?」
イベントの片づけを終えて、帰るところだという。
広い東京で、こういう偶然もある。
ふたり一緒に写真。
美しい母と娘。
次は、プリシラのことを書かなければならない。