夏の初め、海の体育祭
大学対抗のヨットレースが行われ、部屋の窓から、あるいは外の浜に出て観戦というか、冷やかしウオッチングをしてみたのだが、ヨットレースそのものはあまりに遠い沖で行われているので、浜からではなにがなんだかよくわからない。白いセールのディンギーがいっぱい浮かんでいるだけ。
必死に戦っているのか、浮かんでいるだけなのか、それさえもわからない。
そのヨットレースで面白かったのは、浜辺に大勢が居並んで、ブラスバンドや大小の太鼓の大応援。ぴちぴちアンヨで跳ね回り、健気な声援を送っているチアリーダーたち。
神宮球場や甲子園のスタンドでお馴染みの応援団の姿を、ボクンチの庭でもある森戸海岸でじっくり眺めることができたのは、おじさんとしては大いに満足する数時間でありました。
といったことを前回書いたのだが、あの日は土曜日。
ああこれから夏が始まるのだ。太陽の季節がやってきた。
そんな感銘を受けた1週のち、といっても今度は1日遅れの日曜日だった。
夏到来のお知らせ第2弾、ともいうべきイベントが、やはり森戸海岸で催されたのだ。しかも数倍の規模で。
この日も、朝起きてしばらくの時間、ブラインドを下ろしたままの部屋で、いつものように犬たちのお世話などでごそごそがさがさしていると、ベランダの外の浜が賑やかだ。
だが今回はいきなりの大音声ではなく、なにか数人、いや数十人が散らばってなにかをしている。そんな気配だった。例えば駅前のビジネスホテルに泊まった朝、窓の外を通勤者や商店員のひとたちが働き出した、動き出した。そんな雰囲気。
こんな早朝からリゾート客かい? ちょっと早すぎるんじゃないかい。
ブラインドをあげてみると、前回のような応援団の姿はもちろんなく、広い浜にほぼいっぱい散って大勢の男女が働いている。
あるグループは、浜のそこかしこに、花見の場所取りのようなロープを張っているし、あるグループは積み上げた軽量の椅子やテーブルなどを運びだしている。
なにやら大勢の集まり、遊びが行われるようだが、まだまだ準備が始まったばかり。あとでゆっくり見物しよう。
私は冷静に家事仕事に戻ったのであります。
1時間余りのち、2匹を引いて浜に出た。
見物に出たのでなく、定例行事だ。
この季節になると、朝の散歩は9時を過ぎるともうつらい。特にプーリーのほうは、忙しく、落ち着きなく、品位もなく走り回り、あちこちに興味をそそられ過ぎるので、まだ初夏の、しかも朝の太陽にすっかり参ってしまうのだ。
自業自得だよ、と突き放そうとするが、20分もするともうダウン。散歩の半ばに休憩する、森戸海岸の南の外れに並べられた波止めのコンクリート塊、小さなテトラポットのような石に坐ると、すぐさまわずかな日陰を求めてその隙間に潜り込み、奥へ奥へと入っていって出てこない。
そうなってしまうので、9時には帰れるように出かける。
そのころでも浜はまだ準備中だった。
さっきより人数は増えたようだが、相変わらず運び込み、設営。
中に砂浜に深い穴をいくつか降っているグループもいて、図々しいおじさんは、なにやってるの
尋ねる。
「テントを張るんです」
「あっちが本部テントで、ここはジュニアのテントです」
口々に答えてくれた。
あ、そう、と離れたのだが、考えてみると、なんの本部なのか。ジュニアとはなにか。それを聞き逃しているのでさっぱりわからない。
まったく取材力ないおじさんだ。ま、いいか。
部屋に戻って、犬たちと自分に朝飯を食べさせて、ちょっとメールをして、昨夜放映された古い映画のヴィデオを観たりして2、3時間過ごした。
その間、浜からはさまざまな音が届いていたが、見に立つこともなかった。
昼過ぎたころか、浜の騒ぎが尋常でなく賑やかになってきたので、今度こそ窓を大きく開けてベランダに出てみると、それはそれは、大規模なイベント、真っ盛りでありました。
といって大きくまとまったセレモニー、というものではなく、参加者の数は多く、浜いっぱいに広がってはいるものの、いくつかのグループが、それぞればらばら、てんで勝手に遊んでいる。
例えば、すぐ前の浜ではロープを張った区画で30メートルほどの短距離競走。ではなく、よく見るとそれはビーチ・ダッシュ。深い砂浜を全力で走ってゴールの砂山に飛び込む。
ひと組3、4人がダッシュして競い、そのたびに応援仲間たちの大声、歓声、黄色い叫び。
引きしまった身体に小さな海パンひとつの若者の組もあれば、これまた小さなビキニのおねぇさん組。さらには小学生の、これも男女。
少し離れた浜では、これビーチバレーか? だがネットを張ってはいないし、ボールも見えない。数人がふた組に分かれて、駆け寄ったり離れたりしている。競技というよりなにかのトレーニングらしい。
まだいくつものグループが、活躍しているし、テントの下でおにぎりやお弁当を食べているグループもいる。
浜に出て詳しく見たいのだが、その時間には太陽まで大活躍だ。犬にはもちろん、おじさんにもつらい。
いくらか日差しの弱まった3時過ぎ、それでも犬は残してひとり浜に降りてみた。
まさに老若男女、浜はひと混みにあふれていたが、どこまでがこの大イベントの関係者、参加者か、誰が私のような冷やかし屋かわからない。
波打ち際まで出て振り返ってみると、ある程度全容が見えてきた。
あそこが本部です、といっていたテントには、
「神奈川ライフセービング協会」
の大きな文字が。その隣のテントには、
「ジュニア・ライフセービング」。
日本ライフセービング協会、は聞いたことがある。
国際ライフセービング連盟の日本支部。
全国の地域に広がり、小学校から大学までの学校、各“海の仲間たち”などの組織が作るライフセービング・グループの全国組織、日本代表。その神奈川支部なので、湘南各地のグループが集まってきている。
ライフセービングはもちろん海難救助だが、それほど専門的な集まりばかりではなく、各海岸の親睦団体、ウミ友達と家族たちといったゆるいつながりもあるようだ。
そう思って歩き回っていると、ひときわ大きな歓声が響き渡って、その賑わいの中から大きなサーフボードを抱えた10人ばかりの若者が、いっせいに海に向かって走り出した。
若者たちは、そのまま海に突き進み、サーフボードを前に激しく飛び込み、そのまま沖に向かって漕ぎ進んでいくのだった。
カッコイイーッ!
かっこよくないおじさんは、思わず見とれてしまったものでした。
海を愛す。海を遊ぶ。海を楽しむ。海と戦う。
海はそのすべてを大きく受け止めてくれる。
部屋に戻ると、プーリーとドゥージーが肩を並べて浜を見ていた。