食卓の風景
「すかなごっそ」に初めて行った。
ずっと前から名前は聞いていたし、一度は行かなければと思っていたのだが、なかなかその機会がなかった。
だが、みゆきさんと、これからしばらくの食事について話しているうちに、「すかなごっそ」に行ってみようかとなった。あそこならいい食材が揃っているに違いない。
だが、車を走らせてみて、その遠さに改めて驚く。
葉山からバス通りの一本道だが、以前毎日通っていた横須賀市民病院の前を通り、自衛隊の前をさらに過ぎ、横須賀市の深部に達するのではないかと思えるところに「すかなごっそ」はある。
広い駐車場の奥に体育館のような平屋が広がっており、そこが「すかなごっそ」。
やっと着いた、という気分で、
「遠かったね」
「これじゃ、しょっちゅうというわけにはいかないわね」
顔を見合わせるふたりだったが、その分、よーし、買いまくるぞ、と闘志もわいてくる。速足で「すかなごっそ」に入っていった。
「すかなごっそ」は、大きなスーパーマーケットという形だが、食材のほとんどが地元の三浦半島で作られた、とられた地産地消の店舗。野菜などにはそれぞれ生産者の名前が付されている。
「すかなごっそ」ってなんだ、という疑問は当然持っていたが、ひとに尋ねる機会もなかった。
イタリア語かな、とも思っていたが、
「横須賀のご馳走って意味らしいわよ」
みゆきさんはそういうが、あまり自信もなさそうだ。
ま、いいか。
というわけで、私たちは張り切って、野菜、肉、ハム、ソーセージ、卵、乾物、次から次へとバスケットに放り込んでいったのだが、途中で、
「こんなに冷蔵庫に入らないわ」
とのひと声で慌ててトーンダウン。
それでも普段の買い物の3倍ほどは買い込んだろうか。
「今日から頑張らなきゃ」
みゆきさんの意気込みがおかしい。
「今夜は、ぼくのタジン鍋だよ」
ここのところ外食が極端に減っている。
少し前まで、私の食生活といえば8割がた外食だった。
昨年の秋からは、毎日近くのレストラン「エスメラルダ」。
夏の間は海の家「ノアノア」で。
どちらの店も、私たちのためだけに特別メニューを作ってくれ、それがうれしくもあり、自宅のように食べ、飲み、をしていた。
ところが、夏が終わり、「ノアノア」がなくなっても、もう「エスメラルダ」には行かなくなった。いや、行くことは行くが回数が極端に減った。
この秋、まだ2回しか行っていないのだから、以前とは比較にもならない。
それだけでなく、ほかの店にもほとんど行かない。
余程、
「寿司でも食べようか」
といった気分にならない限り、外食はない。
外食でなく、自宅で摂る食事をなんというのか。
内食? うちごはん?
食事の場所は、私の部屋か、みゆきさんの家。
朝と夕、日に2回、犬を引いて森戸の浜を散歩するのだが、ふたりの家のちょうど中間にあたる防波堤というか石の桟橋で合流して、浜を並んで往復。
ときには森戸神社境内先の海の上まで足を延ばし、もとの防波堤に戻り、それぞれの家に帰る。
その日課は変わらないが、それから先が変わった。
私の夕方でいえば、浜に面したマンションの部屋に戻り、犬のプーリーに餌をやり、自分はシャワーを浴びるなどしてから、改めて出かける。
みゆきさんが食事の用意をしてくれている。
自分で「みゆき食堂」といったり、「居酒屋みゆき」と呼んだりするように、食事の内容は多彩だ。
日本の昔ながらの家庭料理があれば、ドイツのビアホール、ブロイハウス的だったり、神楽坂の居酒屋のようだったり、ときには前日の残り物にあらたにふた品加えたりと、みゆきさんの創意工夫には、惚れた弱みもあって毎回感心させられる。
「毎日外食では、栄養が偏っちゃうでしょう。塩分も摂り過ぎているはずよ」
といい、
「テリーのからだは私が護ってあげる」
といってくれたりするが、ある夜の食事で、みゆきさんはいった。
「こうしてふたりだけで静かに食事をするのって、わたしにはなかったの。いつもふたりの子供に食べさせて、ばたばたと片付けてって毎日だった」
みゆきさんのそのころのことを、私は聞かない。
みゆきさんは、いう。
「だから、こんなお食事、うれしいの」
しみじみと、しあわせそうだった。
私たちの食事は、このような夕食だけではない。
朝の散歩のあと、部屋でワープロに向かい、テレビを見、ときには掃除をした後、昼過ぎにみゆきさんの家に行くこともある。
軽いランチ。サンドウィッチ。暑いときには冷やし中華。薬味たっぷりのソーメン。
2時間ほど過ごして帰る。みゆきさんにはピアノの生徒が来る時間だ。
その夜、またふたりの夕食になることも多いが、たまには私の部屋で、ということもある。
私の部屋で、となる夜は、ほとんどが映画鑑賞の夕べ。
定期的に送られてくる映画のビデオ、ブルーレイを見ながら食事。
もちろん私の手料理だ。
「すかなごっそ」で多めに買った食材は、いったんみゆきさんの家に運び、私の部屋で食べる分だけを持って帰る。
部屋に戻ると、食材を冷蔵庫にしまい、下ごしらえできるものはして、時間をつぶしていると夕方の散歩のときになる。
プーリーと浜に出ると、昼間とは違う服装のみゆきさんがストライプ、スーちゃんと現れる。
1時間ほど歩いて、いったん別れる。
さらに1時間のちには、みゆきさんが部屋に来る。
今夜のタジン鍋に合わせて、ねぎのぬたを作ってきてくれるそうだ。
平鍋に山のように野菜を積み上げて、その上に薄切り肉をびっしりとかぶせる。肉を少しよけ、そこにチューブの中華だしとごま油を注入。
これが料理といえるかは別にして、これで終わり。あとはみゆきさんが来てからIHにかけるだけ。
このような日々なので、健康になったのか、いくらか太ってきたようだ。
浜の散歩が日に2回。みゆきさんの家へは、みゆきさんが私の部屋に来ても帰りは送っていくので、日に2往復。
これだけ歩けば、身体にいいわけだろう。
みゆきさんも、少し太ったみたい、といいながら、
「しあわせ太り、かな」
それならいいけど、ね。