三度目もトップモデル
今年の夏は、命に関わる暑さなので、高齢者はなるべく外出せず、エアコンの効いた室内で静かにしているように、というお達しだった。
なにごとも素直にいうことを聴く私としては、それを守ってほとんど部屋、テリーズバーでプーリーと一緒に過ごしていた。
みゆきはまだ高齢者ではないし、買い物や社交などで忙しく出歩いていたし、ミユキハウスでのピアノレッスンも、夏休みで回数こそ減っていたものの、やはりきちんとある。
その上に、引きこもっている困ったテリーのために、健康に気を配ったさまざまな料理を作って、テリーズバーに届けてくれる。
それを一緒に食べたり、
「帰ってテリーと同じ食事をするのよ」
この「ミユキ宅配便」のおかげで、のうのう、だらだらと生き抜いて、
「これぞまさに没落貴族」
などと、ひとり悦に入っていたわけだが、そんな恵まれた暮らしの中、わずか一日ではあったが、炎天下に出ていかなければならない大切な仕事があった。
モデルとしての仕事。
東京にスタジオもショップもあるが、生活の本拠地は葉山。
葉山で、愛犬ダルメシアンと暮らし、この地でアイディアを生み、デザイン画を描き、世に送り出している高名なデザイナー、宮坂由美さん。
このひとが、葉山に移ってきて間もない二年余り前、森戸海岸の浜や「エスメラルダ」でいつも一緒にいる私とみゆきと出会い、話し合うようになり、
「みゆきさんとテリーさんにイメージをいただいて、インスパイヤーされて、新しいファッションが生まれました」
といってくれた。
生まれたのは「HAYAMA TIME」なるブランド。
身体の中を海の風が通り過ぎていくような、とのイメージで生まれた「HAYAMATIME」のカタログ撮影には、当然みゆきが起用された。
昔、とはいえトップモデルだったみゆきは当たり前だとしても、婦人服のカタログにただひとり登場する男性モデルが私、というのは、照れくさいというか面映ゆいというか。
「HAYAMA TIME」の第一回春夏もののカタログ撮影は、一年ほど前に行われ、まもなく「エスメラルダ」で多くのひとを集めて展示会が催された。
第二回の秋冬ものの撮影は、今年の二月だったか。
どちらも、葉山の浜や海岸通りの街角、「エスメラルダ」、「ラプラージュ」、「菊水亭」といった、葉山のランドマーク的な店を舞台にしていたが、その二回とも私はワンカットずつ登場している。
一回目は、テリーズバーと同じマンションにある「ラプラージュ」の窓辺のテーブルで、イエローの鮮やかなシャツを着た私が、みゆきと見つめ合っているというクサイ絵柄。
二回目は、ミユキハウスでピアノに向かうみゆきの傍に立ち、妻にやさしい笑顔を注いでいる赤いニット姿の私。これは割に実際に近かった。
こんな駆け出しモデルの私に、由美さんは、
「婦人服のブランドなのに、この紳士ものに注文がたくさん来ているんですよ」
とお世辞をいってくれる。まったく、うまいんだから。
そして「HAYAMA TIME」第三回目の撮影。
撮影のメインは、葉山でも私たちの森戸海岸からは少し離れて、海岸通りに面した「サニー・ファニー・デイズ」というおしゃれな店。
軽い飲み物などもあるが、本来はサーファーたちのベースキャンプであったり、ヨガの集まりの場であったりというユーティリティスペース。
写真を見てもらえればわかるが、みゆきが岩浜で話している若者が、その「サニー・ファニー・デイズ」のスタッフ。
陽光の下、サンデッキでみゆきとおしゃべりしているのが、デザイナーの宮坂由美さん。
面白いのが、ウッドデッキでくつろぐ四人の女性の俯瞰写真。
私たちがいつもお世話になっているペットシッターの治美さん。
やはりハマトモ、イヌトモのめぐみさんことメグちゃん。
「エスメラルダ」などの壁を飾ったり、ユニークなTシャツをデザインしたり、前には私とみゆきが踊っている姿を描いてくれた、イラストレーターのタツノさん。
宮坂由美さんの友達、M子さん。
四人とも私たちの周囲にいつもいるひと達なので、この仲間感、「HAYAMA TIME」感はハンパない。みゆきと由美さんの写真が続いて、トメはみゆきと、真打ちモデルのテリー。
「サニー・ファニー・デイズ」の一室で、にこやかに語り合っている絵柄。
父と娘には見えないだろうな。
実はこの撮影、まさに火を噴くような炎天下で行われたのだが、
「テリーさんは、自分のシーンのときだけ来てください」
と気を使ってもらって、ぎりぎりに車を走らせた。
だが、こちらも気を使って、熱した身体に貼る冷却パット(?)などをいっぱい買い込んで差し入れた。
モデルも、気を遣うのであります。
撮影現場に着くと、みゆきが、
「ちょっと」
といいながら、私の顔に小さなパフで化粧品を塗る。
コンシーラーといい、ドーランの一種で、肌荒れや、シミ、傷跡など隠すものらしい。
前回書いたように、私は夏前に顔面に帯状疱疹が現れて、いくつもの傷、かさぶたができていた。
撮影のころにはすっかり治っていたのだが、それでも少し気になる部分があって、ということらしいが、撮影前に「メイクさん」のお手入れを受けるとは、もしかしたら私はやはり立派なプロモデルかな。
この「HAYAMA TIME」三回目の展示会初日、私は「エスメラルダ」に出かけた。
そして、関係者の、
「お疲れさま! カンパーイ!」
で、私が口にしていたのは「エスメラルダ」特製の野菜ジュース。
周囲がどよめいたね。
「どうしたんですか?」
「お身体、どうかしたんですか」
私は、ゆったりと微笑んで答えたのであります。
「酒は、やめました。もう三週間、一滴も飲んでいません」
この話は、次回に譲ろう。