年末年始は波乱万丈
老犬のストライプ、ことスーちゃんが寝たきりになってしまった。
下半身に感覚がまったくなく、歩くことはもとより、立ち上がることもできない。
おむつをして、排尿のカテーテルをつけたまま、ピアノの下の床に幾枚もの布団を敷いて、その上で一日中、朝も昼も夜も、横たわっている。
私たちとしては、見守ることしかできないのだが、それでも定期的に水を飲ませたり、無理に顔を起こして、カリカリの食事を与えなければならないし、床ずれ防止のために2時間おきに身体の向きを変えなければならない。
上体には力も感覚もあるので、起き上がろうとして犬搔きのように前脚をバタバタ、ガリガリ動かし、それで布団からはみ出したり、ピアノの脚に頭をぶつけたりするので、その度に大きな身体を抱きかかえて、元に戻さなければならない。
感覚がないはずの下半身でも、どこか痛いところがあるらしく、無理に抱え上げようと
すると、がーっと怒って顔を振り、噛みつこうとする。
大好きなみゆきに対してもそうする姿が哀れで、
「スーちゃん、ごめんね。スーちゃん、ごめんね」
その度にみゆきは涙を流す。
このままでは、みゆきとスーちゃんの両方がおかしくなってしまう。壊れてしまう。
いま、一緒にいてやれるのは、傍にいて、助けて、守ってやれるのは、私しかない。
だから私は、毎日朝から「ミユキハウス」に来て、スーちゃんの傍にいる。
スーちゃんの世話で、満足に眠ることなどできないみゆきには、私がいるあいだは2階のベッドで休んでもらう。
そうすることで、スーちゃんの世話も上達し、みゆきに休息をとらせることもできるようになったのだが、それでも少し離れたところにある私のマンションには、プーリーがひとりで待っているから、日に1、2度は散歩をさせに帰らなければならないし、夜はプーリーと一緒にいてやらなければならない。
プーリーを連れて「ミユキハウス」に行ってやることができればいいのだが、寝たきりのスーちゃんと、元気いっぱいのプーリーとでは、なにが起こるか。
そんな恐ろしいことはとてもできない。
だから私たちは、スーちゃんもプーリーも含めて、まったく不自然で、気の休まるときもない、疲れる日々を送っていたのだ。
なんとかしなければならないが、なにをどうしていいのかわからない。
私たちには、年末年始もなかった。
昨年は揃って出かけた、除夜の鐘も、深夜の初詣でも、当然のように最初から諦めていたし、かなり以前から張り切って材料を揃えていたお節料理も、手付かずのまま冷蔵庫の中。
正月六日の顕現祭にはしまうことになっているクリスマスツリーだけが、そんな部屋でむなしく煌めいていた。
あれはいつだったろうか。
元旦だったか、大晦日の朝だったか。それさえも、いまは思い出せない。
私は、自分のマンションで久しぶりにゆっくりしているつもりだった。
というのは、みゆきの娘のプリシラが、正月休みの3日間を「ミユキハウス」にきてくれていたからだ。
ほんとうなら、母親の家でなにもしないでのんびりくつろいでいるはずの3日間なのに、プリシラは母の手助けとスーちゃんの世話にそれを費やしてくれることになった。
これまで、スーちゃんの隣に布団を敷いて、添い寝のような形で眠れない夜を過ごしていたみゆきに代わって、その役を引き受けてくれる。
だから、みゆきも自分のベッドで眠ることができるし、私もプーリーとの時間を過ごすことができる。
そう思っていたのだが、なにか気になる。
なにか感じる。
なにかが起こっている。
そんな気がして、私は短い距離を車を走らせ、「ミユキハウス」に向かった。
予感は当たった。
玄関の戸を開けて、
「おはよう!」
務めて明るく呼びかけると、すぐ近くのリビングルーム、つまりスーちゃんがいるピアノ室で、なにやらただごとではない気配。みゆきとプリシラがなにやらいい合っている。
入っていくと、そこはまさに修羅場であった。
詳しくは書けないし、書きたくもないが、スーちゃんが激しく身体を壊していた、ということだ。
部屋には異臭があふれていた。
みゆきとプリシラが、おろおろと、それでも懸命にスーちゃんを支え、おむつを替え、汚れをふき取り、している。
朝、スーちゃんの異変に目覚めたプリシラが、ひとりではどうすることもできず、
「ママーッ! ママーッ!」
叫び、みゆきが驚いて降りて来て、なんとかしようとしている。
そんなときだったのだ。
みゆきもプリシラも、パジャマのままだった。
私も清掃と看護作業に加わったが、素人が3人、一向にはかどらないし、第一、どうすればいいのか。
「そうだ。ハルちゃんに聞いてみよう」
ペットシッターの山口治美さんに、電話をしてみることにした。ラインではじれったい。
こんな時期に忙しいだろうと思ったし、実際に大忙しのはずだったのだが、治美さんは、
「わかりました。すぐに行きます」
30分後には駆けつけてくれた。
こうしたときのためのブラシや洗剤、そして動けないスーちゃんをバスルームに運ぶための、滑車のついた簀の子まで持ってきてくれていた。
まさに、地獄で仏。
それからは、女3人。
「テリーさんは邪魔です」
簀の子にスーちゃんを乗せてバスルームに運び、ぬるめのシャワーで洗い、消毒し、乾かし、もちろん総とっ替えしたスーちゃんをベッドに戻す。
「テリーさんもなにかしたいのなら、買い物に行って来てください」
すべての仕切りを治美さんがしてくれた。
すっかり綺麗になったスーちゃんを見ながら、治美さんはこれからの心得、作業などを丁寧にレクチャーしてくれ、プリシラがやがて東京に帰ることを知ると、
「テリーさんは、ここにずっといてあげてください。スーちゃんのためと、みゆきさんのために。プーリーちゃんはわたしが預かりますから、安心してここにいてあげてください」
治美さんが女神に思えたときであった、というのは少々いい過ぎ。
治美さんとプリシラのおかげで、なんとか正月を送ることができた。
元旦ではなかったが、みゆき手作りのお節料理も笑顔で食べた。
私はずっと「ミユキハウス」。
2、3日に一度マンションに帰るが、衣類とか本などを取りに行くためで、生活の場はほとんど移っている。
あるとき、みゆきがしみじみといった。
「わたしたち、ようやく結婚したんだなって、思うわ」
スーちゃんのおかげで、といったようだった。