
GIANNI SCUICCHI
かなりのオペラファンでも、そしてかなりのプッチーニ・ファンでも、いやプッチーニ・ファンであればあるだけ、この「ジャンニ・スキッキ」には違和感を覚えるのではないだろうか。
だから、これは実際は彼の弟子などの別人が作曲して、プッチーニが名前を貸しただけに違いない、という代作説がある種の確信をもって語られている。
つまり、それほどプッチーニらしくない、その他のプッチーニ作品とはあまりにも異色なオペラだということができる。
ストーリーも、こんなテーマ、モティーフをプッチーニが選ぶはずはない。そう思えるほど、いかにもプッチーニ的ではない。
原作によると、舞台は13世紀末のフィレンツェとなっているが、時代考証の難しさや、一般になじみの薄い年代ということもあって、いま上演されるもののほとんどが19世紀のフィレンツェに代えられている。そのため「13世紀も間もなく終わるのに」とか「やがて来る14世紀には」といった歌詞もあるが、あまり重要な場面でもなく、話に深い関係もないので無視されたままになっている。もちろんわたしたちにはそんな歌詞に気づく余裕もない。
フィレンツェのある屋敷で大金持ちのブオーゾ老人が亡くなり、多くの親戚が集まって嘆き悲しんでいるが、なーに、彼らの関心は莫大な遺産の行方。自分にどれほどの遺産が回ってくるか。なんとか多く受け取ることはできないか。それしか考えていない。
そんな通夜の席でようやく見つけた遺書には、なんと遺産のすべてを修道院に寄付すると書かれていた。
寄付なんかされたらたまらない。なんとかできないか。
そうしているうちに親戚のひとり、若いリヌッチョが、自分の恋人ラウレッタの父親のジャンニ・スキッキという老人が素晴らしい知恵者なので、彼に相談したらいい考えを出してくれるはずだという。
やってきたジャンニ老人は、初めは乗り気ではなかったが、娘のラウレッタが「私の優しいお父さま」と歌い、頼むので仕方なく協力することにする。
ジャンニ老の考えた作戦とは、ベッドの死者を隠し、ジャンニ老がまだ生きているブオーゾになりすまして遺言状を書きかえようというもの。
やがて公証人が招かれ遺言を求めると、偽ブオーゾは、すべての財産を友人のジャンニ・スキッキに贈るとの言葉を残し、死んでしまう(ふりをする)。
こうして正式な遺言状が完成された以上、ほかの親戚たちにはどうすることもできない。彼らは全員追い出され、残ったのはジャンニ老と娘のラウレッタ、その恋人のリヌッチョの3人。
ラウレッタとリヌッチョは、幸せに結ばれ、最後にジャンニ老がいう。 「欲張るといいことはないよ」
プッチーニらしくないということがよくわかるだろう。
プッチーニ唯一の喜劇といわれ、プッチーニ作品の極北とも非難されるオペラだが、それでもプッチーニらしい素晴らしい曲も残してはいる。ラウレッタの歌う「私に優しいお父さま」は、父に捧げるというよりも、甘いラブソングにも似て、このアリアだけが独立して歌われることも少なくない。
プッチーニの晩年の作品だから、といって弁護するひともいるが、この2,3年のちにあの『トゥーランドット』が作られている。このオペラの初演が、イタリアやフランスではなく、新大陸アメリカはニューヨークにできたばかりのメトロポリタン歌劇場だったことは関係しているだろうか。まったく違う自分を出してみたいという。
ま、日本でもたまに見ることができる“老大家の筆のすさび”。重厚な作品を残してきた大作家が、えっと驚くような作品を発表する。そんなことかもしれない。
いずれにしても、こうしたオペラが100年たった今でも世界中で上演されている。これもプッチーニの偉大さの証明ではなかろうか。
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