
WEEKENDLESS II - 19
ほんの数日、と思っていた北海道に思いがけなく2週間近く滞在してしまった。前半は支笏湖の先、羊蹄山のふもと、ニセコ。後半は道東、大雪山系に近い旭川近辺、というふたつの地で過ごした。
初めに感想をまとめてしまえば、旅というものはデジャヴーの繰り返し。思い出をたどる心の旅路、といえば格好よすぎるかな。
ニセコから再び千歳空港に戻って、東京に帰るつもりだった。
ところがテレビなどによると、台風9号が関東に近付いているという。台風はやがて通り過ぎるだろうし、風も収まるだろうが、海の荒れは数日では去らない。帰ってもしばらくはクルージングに出ることができないということだ。ゴルフならできるが、ニセコでの連日プレーで、もうしばらくはいいや。
というわけで、帰郷は延期したのだが、そこで思い当たったのが旭川。
新機軸、新企画ですっかり名をあげ、テレビドラマにも映画にもなっている旭山動物園にはまだ行っていないし、札幌ラーメンよりも歴史が深く、味もいいといわれる旭川ラーメン各店を集めたラーメン村なるものも話題になっている。ラーメン好きではないが一度は出かけてみる価値はありそうだ。
最後の日、それまでのように朝早い時間にゴルフコースに出て18ホール。そのまま車で、いざ旭川へ。
ところが、北海道という場所をいささか甘く見ていたようだ。 アメリカはカリフォルニアに住んでいたころ、日本から遊びにやってきた若いカップル。なにも調べずに来ていたのでどこに行きたいのかもわからない。だから、どこか行きたい所、見たいものをいえ、と迫ったところ、その新妻、恐る恐る答えた。
「あの、ナイアガラの滝って遠いですか」
カリフォルニアにいるんだよ。大いに呆れ、馬鹿にしたものだった。
同じ過ちを、私は犯していた。
同じ北海道だ。ニセコも旭川も近くだろう。 だからその行程も余裕たっぷりで、ニセコから山を越えて北の海辺に出て、小樽へとはいった。
小樽では運河通りの人混みの中をそぞろ歩いて、北一硝子を見学したり、ソフトクリームをなめたり、古いすし屋で“夏の6貫盛り”なるものを食べたり、夕刻近くまでのんびりしてようやく旭川へ。カーナビを入れてみて驚いた。旭川まで所要時間は約4時間。ナイアガラの滝を笑えないな。
小樽からの高速道は札幌市街をかすめるように抜けて、あとは一路東へ。その分岐点から先はまさにがらがら、貸し切り状態。ずっと先まで先行車の影もなし。これなら200キロでも出せるな、と思っていると100メートルほどうしろに白いメルセデス。ずっと付いてくる。車の格も違うので、どうぞお先に、とスピードを緩めても、メルセデスも同じように減速する。なん回かそんなことがあって気がついた。あいつ、スピード取締りを警戒して私を先行させている。
こちらも時速120キロに落とし、しばらく走っていると、路肩の避難帯に2台のパトカーが隠れているではないか。危なかった。メルセデスくん、ありがとう。なんとかお礼の心を伝えようとしていると、メルセデスのやつ、スーッと追い抜いていった。ここから先はもう大丈夫、ということだろう。なんだか遊ばれたようだな。
思ったより早く旭川に着いたので、ホテルから出て、繁華街にでんと構えるかなり高級な料亭での晩飯とはなった。もちろんこの地の銘酒、男山も。
翌日は昼近く、旭山動物園に向かった。駅前から15分。 だが野天駐車場に車を入れ、800円の入場料を払って動物園の門をくぐると、これはなんと猛烈なる混雑ではないか。門から先は長い上り坂になっていて、目指す動物たちはその先にいるようなのだが、坂のスタートからもう押すな押すな状態。興奮して大騒ぎをしている子供たちと、すでに疲れきっているお父さんお母さん。まだ動物の一頭さえ見ていないのに、フラッシュは禁止です、えさを与えないでください、アナウンス攻勢がかしましい。
そうか。今日は日曜日だった。
こんな日を選んだこちらが悪い。明日また出直そう。
800円の入場料と1日500円の駐車場代を豪気に捨てた私は、まだ腹もすいていないのに、車で10分、旭川ラーメン村へ。
10軒ほどのラーメン屋はどこも満員のようだった。ラーメンはおいしかったですよ。旭川ラーメンは、しょうゆ味がいいようだ。
だが、いつも思うのだが、ラーメンとはつまりファーストフードでしょう。必要なのはスピード、安さでしょう。こんなに凝る必要があるのかな、こだわりの味、頑固おやじの、行列のできるラーメン店なんか、行きたくないな。
次の日、9時半の開園に合わせて動物園の門をくぐってみたが、なんと、前日ほどではないものの、早くも混雑、混雑。子供の歓声、おとなの叱責叫び、禁止禁止のアナウンス。そうか。昨日の混雑は日曜日のせいではなかった。夏休み真っ盛り。お盆休み真っ最中。そのためだったのだ。
だがあきらめるわけにはいかない。私は人混みへと突進したのであります。
頭上のパイプの中をペンギンがさーっと通り抜けるぺんぎん館。目の前の巨大水槽のガラスすぐそばを堂々と泳ぎ過ぎる白クマの威厳、ほっきょくぐま館。檻の外の木立の上で、眼下の人間たちを面白そうに眺めているレッサーパンダ。3頭、まったく同じ顔をして、大きな身を寄せ合って眠りこけているカピバラたち。チンパンジーにオランウータン。アザラシにカバにキリンに、マダガスカルの原猿。
動物園はひとの心を和やかにする。30年あまりもの昔から、海外どこに行っても、美術館巡りとともに、その町に必ずある動物園に立ち寄っていた。動物園の作り、展示方法などに国民性、民族性、民度などが感じられて面白い。
一日中いてもいいと思った動物園だったが、開園と同時にはいると昼過ぎでイナフとなる。ソフトクリームもトウモロコシも食べたし、ホテルに帰るのは早すぎるし、ラーメンはもうほしくない。
車の中で地図と格闘して、そこから1時間半という美瑛に行くことにした。
旭川市街から花人街道、国道273を南東に下っていくと、まず美瑛、さらに下って富良野。どちらも花畑の丘で知られたのどかな地区だ。特に富良野は倉本聡さんの町、というかテレビドラマ『北の国から』『風のガーデン』で全国区になっている。
テレビドラマはどちらも見ていないし、あまり時間もないので、この日は手前の美瑛をしばらく歩いておしまいということにして車を進めると、道の右側に色とりどりの花畑が巨大なパッチワークのように広がる斜面が迫ってきた。どうやら美瑛の入口らしい。楽しみになってきた。
さらに走ると、今度は左斜面に広大な花畑が。吸い込まれるように運動場のような駐車場にはいっていく。かんのファーム。
花畑の中に1時間余りいた。なにをしたか。なにもしなかった。ズボンの汚れも気にせずに、ただ花畑の畔道に、花に包まれて坐ってぼーっとしていた。
ラベンダーの風が、マリーゴールドの香りが、サルビアの匂いが、私の傍らを通り過ぎていく。 風はやがて黄昏の気配を運んできた。
次の日も美瑛に出かけた。
前日の帰路、立ち寄ったそば屋で、美瑛を知りたいのなら街道沿いだけではだめ。街道を外れて丘の中にはいっていくと、本当の美瑛、本当の北海道に出会える、と教えられていた。
サイクリング道路となってはいるが、30分も山道を走ってもひとっ子ひとり行き交わない。そんな山中に、セブンスターの木、マイルドセブンの丘といった不思議な名前の森がある。要するに広い台地を背景に豊かに聳え、繁っている木々の姿なのだが、しばらく前にJT日本たばこの観光ポスターになった景勝地だ。これらは遠くから見るだけでいい。
そんな森と林に包まれて一軒の山小屋風のレストラン、カフェが現れた。ランド・カフェは、ドイツ人と日本人の夫婦が数年前に始めた店で、ドイツ風のポトフやザワークラフト、ソーセージ。それにドイツビールや濃いめのコーヒーなどにファンが多いという。
少し離れたところに、青空を背景にすっくと伸びる1本のポプラは、ケンとメリーの木。
美瑛からさらに車を走らせて富良野へとはいった。
トミタ・ファームは美瑛の花畑よりも数倍広大な“花の農園”。数台の観光バスが並んでおり、なぜか大陸からの客たちが群れをなして移動していたので早々に退散した。いつか静かなときにゆっくり訪ねたいところだ。
トミタ・ファームからさらに奥に向かうと、高台に豪壮なお城めいた建物。フラノ・ワイナリー。
お城の2階レストランで、ワインを飲むわけにはいかないからグレープジュースを頼んだが、これはまるでワインだ。しかもフランスの高級ワインの風味、貫録、フルボディ。
私の心は、幾度か訪れ、2年前にも訪ねたグラースの地を漂っていた。南フランスはニース、カンヌから車で1時間、なだらかな山を上がったところにある花の町、香水の町、プロヴァンスワインの町。
この秋にでもまた行ってみようか。
その前に、もう一度富良野、美瑛に来てみるのも悪くないな。

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