
WEEKENDLESS II - 1
東京湾岸の運河の街、超高層の未来型エリア、都心的住宅地。いろいろないわれ方をするトヨスの地に移ってきて早くも1か月近くたっている。
来たときにはまだ冬の空気がこの町にもあふれていて、外を歩くにも海風、ビル風にダウンジャケットの背を丸くしていたものだが、春はあっという間にやってきて、いまではもう通り過ぎようとしている。窓のはるか下に流れる運河のほとり、キャナルウォークには桜が満開を誇っており、流れに落ちた花びらがはかないピンクの“花筏“となって漂う姿は都会とは思えない美しさだ。
その年齢で引っ越すのか。日本に帰ってまだ3年しかたっていないのに。世田谷の静かで品のある住まいのどこが不満なのだ。いろいろいわれたが、それでもやはり引っ越しは成功だったといいたい。
1年前、このエッセイの第1回で、私は「旅のひと、であった」と書いたが、その気持ちはいまも少しも変わっていないし、世田谷にいた3年間でも、決して世田谷住民ではなく、パリ、ミラノ、フィレンツェ、ヴェネツィア、ニューヨーク、そして京都、奈良、信州、東北、伊豆箱根と、あわただしく動き回っていた。3年間36カ月のうち、世田谷は25か月くらいではなかったか。
そうした生き方はいくつになっても変わるものではないから、これからはトヨスをホームベースとして、ここから世界のあちらこちらに出かけていくはずだ。そう。世田谷という旅先のホテルからトヨスという新しいホテルに移った。そう考えればいい。
わが人生、わが老後は、旅から旅への流浪徘徊。楽しければ、面白ければいいじゃないか。どうせもう長くはない。最後にゼロで終わる。それが理想なのだから。
新しいホームベースから、春の陽だまりの中を歩いて10分、巨大なショッピングモール、ラ・ラ・ポートがある。若者向きではあるが、いくつものファッションショップ、無印良品などの生活用品の店、和そばからシナ料理、イタリアン、エスニックから朝鮮焼肉、中東カバブの店など、ちょっとこじゃれたレストラン、軽食店。紀伊国屋書店もあり、隣には静岡発の高級スーパーマーケットAOKIもひろがり、アーバンライフ、キャナリスト気分はそれなりに満たされそうだ。こうした暮らしに憧れて移り住んでくる現代ファミリーは多いようだ。
ただ、モールの2階にキッズランドがあるせいで、休日の昼間は子供たちの嬌声、若い母親たちのおしゃべりで、逃げ出したくなる姦しさ。ま、しょうがないか。われわれが異色な存在なのだから。
「同じような年の子供が多いね」
といわれて、
「同じころに繁殖したんだろう」
と聞えよがしにいって、奥さんたちにキッと睨まれたのは私です。
このモールの3階には16スクリーンの大きなシネマコンプレックスがあるので、ここにはお世話になりそうだが、私が覗いたときには「おくりびと」に長蛇の列で、やっぱりな、の感は否めなかった。
一応の見学、見物、品定めを終えて、中庭というか、海辺に出てみると、そこは小ぶりながら立派な船着き場、波止場。アーバンポート・トヨスというそこから、低くて丸いガラス屋根、水面を這うように進む、ちょっと見はパリのバトームーシュかアムステルダムの運河ボートかといった観光遊覧船が発着している。ちょうどいいや。暇でもあるし、ひとつ隅田川をさかのぼって浅草でランチでも。そう思って早速乗船。浅草まで片道1060円。60円は消費税か。消費税って5パーセントではなかったかな。
トヨスを出て、春海橋から相生橋、ずーっと上がって永代橋から隅田川大橋、清洲橋から両国橋をくぐると間もなく浅草。橋の名前を確かめながら、三島由紀夫の「橋づくし」を思い出そうとしたが、ムードはまったく違う。東京の橋も川岸もずいぶんきれいにお洒落になったものだ。
コンクリートで川を固めていかん、などというじいさんたち、なにを求めているのか。取り残されの恨み節でしかない。きれいになるのはいいことではないのかな。それともただの嫉妬深い一言居士たちか。
隅田川の両岸には30年前にはなかった高層アパート、マンションが立ち並び、都会の景観を飾ってはいるが、そんな建物の窓のところどころに洗濯物や稀にはふとんなどが干してあるのにはがっかりだ。いやだなぁ、汚らしくて。
しかし、たとえばイタリアはナポリの下町などを歩いているときに、道の上を渡して水滴ぽたぽたの洗濯物の万国旗。それを見て、なかなか風情があっていいじゃないか、などといっている自分を思い出す。要するにイタリアかぶれ。かの地のものならなんでも素敵。同じものでも日本で見れば、ああ、みっともない。こういうのって、いけないんじゃないですか。あ、俺のことだわ。
深ーく反省しながら、だがすぐに忘れて、浅草は仲見世で花見団子を食べ、帰りに電気ブランでも飲んで帰ろうかと思ったが、それはやめ。なにしろ1か月前に胃がんの摘出手術を受けたばかり。家に帰ってからイタリアンビールをいただくことにしました。
という新しいシリーズの幕開けです。こんな調子でやっていきます。お付き合い、よろしく。
あ、そうだ。このエッセイの“シリーズⅠ”が、間もなくまとめて本になります。面白いですよ、とさりげなく(どこが?)お披露目をして、では来週。
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