羽仁未紗 VIVA OPERA 11
オペラという演劇、芸術ジャンルの中で、大きな部分、いや最大の勢力を誇るといってもいい、いわゆる宮廷もので、その中でもトップ5には必ずあげられる作品。
「ローゼンカヴァリエ(薔薇の騎士)」などという題名なので、もしかしたらその昔ジェラール・フィリップあたりが主演して世界中の女性たちの胸をかきむしった“騎士”映画、あるいは格好いいアクション「三銃士」などを思い浮かべるかもしれないが、その実これは“騎士”ものというより、宮廷の女性もの、有閑マダムものとでもいうべきものだ。
お金と時間ならたっぷりあるが、夫が年を取っているためのそのあたりだけは欲求不満。そんな美貌の貴婦人が、夜な夜な寝室に若い愛人を呼び寄せ、妖艶なときを過ごしている。そんな日常に降りかかるさまざまなアクシデント。
ばれるかばれないか。愛人には本当はほかに若い恋人がいるんじゃないだろうか。夫はどうなのか、といった、要するにどうでもいいことに心ふるわせ、笑い、泣き、やがては真実の愛とは何か、など考えたり考えなかったり。
つまり、暇で暇で、そんなことしかすることのない宮廷女性たちや、それに振り回される男たちを、ばかだなぁ、と笑いとばす、そんなオペラだろう。こうして宮廷をばかにすることで自分たちの不平不満をなんとか逸らしていこうとする庶民の知恵といえないこともない。
モーツアルト「フィガロの結婚」、ロッシーニ「セビリアの理髪師」などもこの代表的なもので、オペラが大衆芸能として大きく育ったゆえんでもあり、大衆芸能でありながら、舞台に上流、貴族社会が多い理由でもある。だから、深く考えずに、お気楽に鑑賞すればいい。
こんな貴婦人と愛人の、朝っぱらからのベッドシーンから始まるが、愛人の若い騎士役は実は女性(女声)。新人のメゾソプラノが起用されることに決まっている。
この“愛の時間”帯に、思いがけない客がやってくるので、愛人の騎士は女装して小間使いに変装。これもよくある手で、明らかに変装なのがばれないのがかえっておかしい。モーツアルト「コシ・ファン・トッテ」でも、小間使いが公証人になったりしておかしなシーンが多かったが、そんなことに目くじらを立てないのが“正しい”オペラファンなのです。
基本的にはコメディだが、一番の聴きどころは浮気な貴婦人が、自分に忍び寄る“老い”の影に感傷的になって歌う「とうとう行ってしまった」という物悲しくも静かなアリアなのが、この作品に不思議な陰影を与えている。
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