羽仁未紗 VIVA OPERA 10
ドニゼッティは不思議な作曲家だったといわねばなるまい。
ミラノからヴェネツィアに向かって高速道路を2時間ほど走らせると、左手遠く丘の上にいかにも歴史を感じさせる城塞都市が見えてくる。ベルガモはこうして突然現れる。
ドニゼッティは、この「ランメルムーアのルチア」がヨーロッパを席巻するヒット作になり、トップのオペラ作家といわれるようになっても、生涯この古くて小さな中世の町から出ることはなった。
ベルガモにはドニゼッティ記念館があるが、それは彼が教鞭をとっていたこじんまりした音楽学校の、さらに2階の1部をあてたささやかなもので、格としては変わらないヴェルディやプッチーニに較べるまでもなく、極めて遠慮勝ちな存在だ。
さらに、ベルガモの市街から、城門の外に出た坂の途中にあるドニゼッティの生家に至ってはまさに昔の貧困家庭といったつつましさで、ひっそりと扉を閉ざしている。こんな環境の中で、彼は次々とヒット作を生み出していたのだ。
才能にあふれてはいても野心には乏しい、といわれるのがよくわかる。
そんな生きざまに比しても、この「ランメルムーアのルチア」はドラマティックな曲で満たされている。
兄の策した政略結婚によって愛するひとと別れさせられたルチアが、その恋人に誤解されたことを悲しんで愛のない夫を殺してしまい自らも命を絶つという、ストーリーとしては単純そのもの。
ウォルター・スコットの短編小説を、当時流行していたエキゾティシズムのブームに乗って数日で作った作品だが、ルチアの登場シーンのアリア「あたりは沈黙に閉ざされて」から、あまりにも有名な「ルチア狂乱の場」本当のタイトルは「香炉はくゆり」まで、実際に狂気を感じさせるほどの迫力で迫ってくる。
特に大団円の「狂乱」のアリアは、即興を交えたソプラノとしてはあまりにも高度なテクニック、あらゆる装飾歌唱技術を要求する。名人芸の持ち主でなければ歌いこなせないもので、なにしろカバティーナとカバレッタのおしまいをそれぞれ3点変ロ音でしめるという難曲。
多くの自信たっぷりの歌手がこれに挑み、そしてつぶれていったか、恐ろしくもある。
マリア・カラスの持ちネタといわれるのもしかりといえるが、いま実際に観ることができないのが残念だ。
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