WEEKENDLESS 9
クロイスター感傷
クサの回廊に立つと、春の爽やかな風が目の前をさーっと流れて過ぎる。前に来たときには、この回廊の中庭には、大きく育ったさまざまなハーブの緑がゆったりと風にそよいでいたものだが、いまは季節のせいか、まだきれいに刈り上げられたままで、どれがどのハーブなのか定かではない。
回廊の先のテラスからは、はるか眼下にハドソン川が豊かに流れ、昔風にぽんぽん蒸気と呼びたくなるような小さな船が流れに逆らって進んでいくのが見える。
私は回廊の一隅の椅子に坐り、ポケットの中のペーパーバックを開く。3週間のニューヨークも今日で終わる。この昼下がりのひととき、ここクロイスターの緩やかなときの流れに身をまかせてみようか。

なにもなかったような、それでいて妙に忙しかった、そんな3週間ではあった。
美術館には、同じところも数えて10回は出かけた。メトロポリタン・オペラは、シーズン末期ということもあって、普段はあまり観る機会のない2本の舞台、ジュゼッペ・ベルディ『UN BALLO in MASCHERA(仮面舞踏会)』とガエターノ・ドニゼッティ『LA FILLE du Regimennt(連隊の娘)』を観ることができた。
ことに後者は、スイスとフランスを舞台にして、連隊の酒保で育った娘と若き士官の恋という素直なストーリーと、3点ハといわれる超高音を幾度も聞かせる高度な技術がうまく合って、思いがけない収穫だった。こういったマイナーなオペラ、日本ではまずはいらないだろうな。
こうした美術館とオペラ以外は、ただ街を歩き回った日々。スターバックスでは何回休んだか。ミッドタウンに出るたびに寄っていたメンチャンコ亭は、メニューも味も同じだったがオーナーが韓国人に代わっていて、まだライセンスが取れないとのことでアルコール類はなし。そのかわり、日本で人気を集めている博多トンコツラーメンの一風堂、東京の自宅近所にもあるラーメン店せたが屋がオープンしており、私たちが去ってからニューヨークのラーメン地図は大きく変わっていた。
5年間のニューヨーク暮らしの後半住んでいたラザフォードプレースに近いアーバインプレース。そこで週に3回は通っていたスパニッシュワインとチーズだけの立ち飲みルーム、バル・ハーモン(Bar Jarmon)はまだ健在で、同じような連中に再会することとなり、つい飲みすぎてしまった。癖のあるチーズにイチジクジャム、これがたまらなく合う。もともとはイタリアンではあるが、お試しあれ。
ニューヨーク時代、日本からの客があるたびに案内したアイディア日本料理の店、イーストビレッジのジョエルバコ(Jewel Bako)は、近くにあった支店のマキモノをクローズ合併していたが、美しいマダム・ジュンコも支店の売り物マキモノも健在で、店名どおり宝石のような巻き寿司がどんどん進んだ。この店が、日本語の観光ガイドブックなどに一切登場しないのは不思議だが、かえって正解かもしれない。
こうして見ると私はこの滞在中に新しいところにはほとんど行っていない。知らないところがもう少ないこともあるだろうが、新発見を望まなかったのだ。この旅を、ふるさとに帰る思い、と前に書いたが、これからも私たちのたびは、アメリカでもヨーロッパでも、こうしたふるさと巡りになりそうだ。
ふるさとへ 巡る六部は 気の弱り
晩年です。
クロイスターは、そんなニューヨークの中のふるさとの最たるものだ。
マンハッタンのはるか北のはずれ、フォート・トライオンパークの丘の上にあるここは、100年近く前。彫刻家のジョン・G・バーナードが、中世ヨーロッパ各地に作られ、その後荒廃していた古い修道院、教会の回廊(cloistar)を5つも購入し、解体、移送、復元したもので、時代背景も宗教背景もまちまちだが、中世の香りをそこはかとなく残しているという稀有な施設。建
物の中には、16世紀のパリで作られた一角獣(ユニコーン)伝説を織り込んだ大きなタペストリーのいくつかや、怒ったような表情のマリアがユニークな受胎告知、スペイン古寺院に眠っていたといわれるピエタ像など、見なければならないものも多いが、私はそれよりももっとも静かな回廊、クサの回廊で本を読んだり、ノートパソコンを叩いたりするほうが好きだった。
今度いつ来られるだろうか。いや、来られることがあるだろうか。
いい気分で感傷にふけっていると、ポケットの携帯電話が震えた。
「明日帰るんですって? 今夜、飲みませんか」
ニューヨーク時代のゴルフ仲間、弁護士のJだ。こいつに会うのを忘れていた。