WEEKENDLESS 50
セタガヤーノにあふれるイタリアーノ
久しぶりに、といっても今年3度目だから、月に1度以上にはなる。ひとつのレストランにこの頻度が多いか少ないかはともかくとして、この店が私の生活の中の必要欠かせざる一軒であることは間違いない。
ピッツェリア「Tonino」トニーノ(03-3324-3090)は、わが家から歩いて15分、昼下がりのぶらぶら歩きにちょうどいいロケーションは下高井戸駅の裏手、京王線の踏切のすぐ隣にある。南イタリア風の白壁に包まれたお洒落な店だが、なによりもうれしいのはここで食するピッツァもパスタも、日本人にはちょっと合わないのではないかと思えるほどに本格的なことだ。
イタリア風などというアバウトなものではなく、ナポリ風。ここまでは私にもわかる。しかし、この店で出会ったイタリア人にいわせると、ナポリの沖に浮かぶいくつかの小島の、海のリゾート地で出される味だという。ほんとかなという気もしないではないが、遠くのイタリア大使館の連中がわざわざ食べに来ることからも、頷けない話ではないようだ。
原稿書きに疲れたときや、こちらのほうがほとんどだが、なにもすることのない暇なとき、ふらりと軽い食事に出かけることは多いが、ラーメンやハンバーガーといった地方出身者風な軽食があまり得意でない私は、つい本格江戸風そば屋か、トニーノのようなイタリアン軽めし屋、ピッツェリア、トラットリエを選んでしまう。イタリアンのほうが圧倒的に多いかな。やはり私がイタリアかぶれのおじさんだからでしょうか。
しかしイタリアかぶれは私ばかりではなく、最近の日本人全般にいえることかもしれない。どこに行っても、どんな町にも、商店街はいうまでもなく、人通りの少ない住宅街にも、いまだに一面の休耕地、畑が残っているような都会の田舎にさえも、こじゃれたイタリアンがあるではないか。こんな光景、イタリア以外には見ることがない、とは世界の徘徊老人だからいえることだ。
というわけで、日本に帰ってきて世田谷に住むようになってから3年間、意識的に世田谷区内の店を選んだこともあって、ほとんど車で動いているため、ワインを飲まずにすむ昼間が多いが、それでも私がドアを押したイタリアンは数知れない。30軒は楽にクリアしていると思う。それだけイタリアンの数が多いのかと改めてびっくりしたりもするが、その中から2度3度、いや数回は重ねて訪れている店だけを選んで思い起こしてみようか。もしかしたらすでに閉店してしまったところがあるかもしれないので、改めて車で回って確認してきたので、写真が外からのものだけになっているのはご勘弁。
トニーノのいいところのひとつは、うちから歩いて行けるからでもあるが、それをいうなら桜上水駅近くの「Zuchero」ズッケーロ(03-3325-1143)。ここなら10分足らずで着く。
物静かなおじさんがひとりでキッチンを動かしているごく小さな店だが、凝ったものではなく、いかにも北イタリアの家庭料理といった感じで、軽い気分で入ることができる。トマトを練り込んだ自家製のパンも素敵だが、それしかチョイスがないこと、ワインセレクションにもう少し、という小さな不満は残るが、お隣の食堂としてなら申し分なし。10回以上行った。
京王線急行でひと駅、千歳烏山から近い「Nicoli Eccoli」ニコリ・エッコリ(03-5490-8525)のパスタはこれぞナポリ風。トニーノが実は本当のナポリ風ではないという微妙な違いは、ここのパスタを食べてみればわかる。多分チーズ、フロマッジオが違うのだろう。3回行ったが1度だけ、日本のトマトが出てきたようだ。いいイタリアントマト、ポモドーロが入らなかったんでしょうね。許す、許す。
「Luna Piena」ルナ・ピエナ(03-3425-9702)は宮坂にあるが、いわゆるイタリアの街食堂とは違う。どの皿にもえっというようなひと工夫が施されており、いってみればイタリアのヌーベル・キジューヌ、イタリア語ならクッチーナ・ヌエボ。出てきた料理の話題だけで楽しい時間を過ごすことができる稀有な店といえよう。
駒沢の「La Storada」ラ・ストラーダ(03-5779-3780)は文字通りメインストリートに面した開放的な店。パスタにサラダだけといった軽めのランチにぴったりで、そのくせどこか本格的な隠し味風がかんじられ、なかなかやるな感にあふれている。イタリアの都会を歩いていてふっと吸い込まれるのはこんな店だ。
等々力の「Al Cocco」アル・コッコ(03-3705-8041)は、イタリア小皿料理の店だ。日本人旅行者は、本格レストランか、せいぜいトラットリア、ピッツェリアくらいしか行かないが、イタリアの都会の、しかも地元、つまり江戸っ子のようなひとはこうした小皿料理の店が好きだし、普通のトラットリアでも、店の片隅に小皿料理の棚があって、各自好きなものを少しずつ取り分けていたりする。日本のファミレスのサラダバーのような感じだが、それに気づいた日本人は、わぁ、バイキングだ、だと騒いでいるけれども、あれが小皿料理です。
代沢の「Bar Carola」バル・カローラ(03-5430-7770)は、うたっているとおりBarだが、イタリアのBarは日本のバーとは違うということをはっきり表してくれている。通りがかりに、あるいはご近所のひとがふらっと立ち寄っておしゃべりして帰る、そんな雰囲気の場所。それでいて料理はなんとヴェネツィア風というのかな、クラシックなまでに凝った印象のシーフード。この魚、どう料理したの、などと尋ねて、自宅でも試してみたい。そんな気分になるBarだ。
そして、ここのところ続けて出かけたのが井の頭通りの大原にある「Muniro」ムニーロ(03-3466-2242)。昨年末に3週間にわたってイタリアは南端の島国シチリアを旅して歩いたが、うしろ髪を引かれるようにして帰国して間もなく、この店を発見したときはうれしかった。なにしろ東京でも珍しいシチリア料理の専門店。シチリアのシンボル、3本脚の神像を描いた大きな旗がひるがえって私たちを招いていた。
私たちのシチリアは、パレルモ、タオルミーナ、カターニアの3か所だったが、この店のオーナーは毎年2回シラクーサに買付、取材に出かけているという。古い歴史いっぱいのいい街ですよ、というが、シラクーサに寄らなかったことを悔やんでいた私の胸にグサッとくる言葉だった。よーし、今度は1週間は滞在してやるぞ。
ぜひ行ってみたいイタリアの街といえば、一番初めに紹介した「Tonino」トニーノのおやじトニーノの出身地で、会うたびに自慢されるIsola Ischiaイスキア島。ナポリの港からフェリーでわずか20分、目と鼻の先にある6キロ×8キロという小さな火山島だが、民謡のおかげで名前だけは有名な隣のソレントなんかよりはるかに素晴らしい島ですよ、と、トニーノはうるさい。うるさいけれど、行ったことのない身としては黙ってうなずくしかないではないか。
引っ越しが終わって落ち着いたら、この秋にでも行ってみようか。どうせイタリアに1年近くも行かずにすむわけがないのだから。今度はいままで敬遠していたナポリ近辺を重点的に攻めてみようか。
イスキア、ね。イゾラ・イスキア。