WEEKENDLESS 5
湘南の猫とイタリアン
わが家に猫の姿がなかったことはない。
結婚した当時はシロとクロの2匹だけだったのだが、引越しを繰り返すうちにどんどん増えて、拾ってきた捨て猫の赤ちゃんや、うちの猫にくっついて迷い込んできて、いつの間にか住みついてしまったお邪魔虫など、少なくとも6、7匹、多いときには十数匹が家の中をうろついているというありさまだった。
私にとってその状況はむしろ大歓迎で、猫のいない日々は考えられなかったほどだ。
ところが17年前に日本を捨ててアメリカに渡るとき、7匹だけはやはりパリに移住する妹に託し、残りは泣く泣く友人知人にもらってもらい、もう猫を飼うのはやめようと決心したものだった。
だが猫しがらみはそう簡単に切れるものではない。カリフォルニアに移ってわずか3年目、パジャマのポケットにすっぽりはいるほどのノルウェージャン・フォレストキャットが、3人目の家族としてそばにいるようになってしまった。
このノルウェイ出身猫はミンミンと名前を変え、カリフォルニア、ニューヨーク、そしてアメリカ大陸、太平洋横断、と長旅を経て、いまも私の横に寝そべっている。
そんな私がいま、20年近くの昔に帰ったようにおびただしい猫たちに囲まれてニコニコしている。
横須賀の山の中腹にひっそりとたたずむ小さな美術館、カスヤの森現代美術館。
「ねこまみれ」なるユニークなネーミングの絵画展では、江戸の昔から平成の現代に至るまでの猫を描いた数々の名作絵画を展示している。エントランスで館長の婦人に迎え入れられたときから、早くも猫の世界に踏み込むことになる。つまり、ねこまみれ。

小さな会場に数百点も展示されている中には、竹久夢二、猪熊弦一郎、岸田劉生、金子国義、小糸源太郎、杉山寧、さらには横尾忠則といった名前も見られるし、なんと藤田嗣治がR・Foujitaの名で描いた巴里の猫たちの絵も数点飾られ、別室には国貞、国芳、広重といった浮世絵の大家の作品もあった。
どれがいい、どれが気に入った、という話ではない。古来、芸術家たちがいかに猫を愛してきたか。逆に、猫たちがいかに芸術を支えてきたか、だ。
たくさんの、しかも薫り高い芸術猫たちに囲まれた2時間、私たちはずっと微笑み続けていたようだった。
感動と満足ですぐに帰る気にもならず、横横道路、逗葉新道、海岸道路と走って鎌倉は七里ガ浜。折からの小雨模様に海岸の散策はあきらめたが、そのかわりに昔はなかったイタリアン、“リストランテ・アマルフィ”にて遅いランチとしゃれ込んでみた。
アマルフィとはイタリアはナポリのさらに南、急な山肌にパッチワークのように貼りついた超高級別荘地。ソフィア・ローレン、ヴィスコンティ、マリア・カラスたちの保養先としても知られており、私も3度ばかり日帰りではあったが、訪れたことがある。
湘南のアマルフィもまた、なかなかにおしゃれな店ではあった。小鯛のカルパッチョにハーブサラダ、桜海老に多分青オレンジのパスタ、鰆のオリーブムニエル。小雨にかすんだ江ノ島を借景に、アマルフィというより南フランスはプロヴァンスの香りもした、合格点ではあったがちょっと多すぎたランチ。
エスプレッソをお代わりまでして出て、駐車場までの道端、小さなバイク置き場の屋根の下で、チャトラの老猫が雨宿りをしていた。