WEEKENDLESS 47

必見、ふたつの成田屋千秋楽   

初演は享保年間というから江戸中期、18世紀初めになる。そんな時代の関東は武蔵の国に、象エレファントなどいたとは信じられないが、記録によると遠く南の国から象が連れてこられること3度に及ぶ、とある。所詮はオハナシなのだから細かいことはいいっこなしということだ。
 必見、ふたつの成田屋千秋楽要するに当時の芝居客たちは象を観たことなどなく、ただただ大きくて恐ろしい怪獣らしいといった知識しかなかった。そんな怪獣を怪力無双の侍が退治するとなれば大いに盛り上がったに違いない。
 だが時代が進んで象に対する民間知識が増すほどに、オハナシのいい加減さが際立ってきて、実際この芝居の上演機会も享保年間の初演以来、大正2年、昭和8年、33年、57年とわずかに4回。歌舞伎には割に詳しいはずの私も、こうした外題があることさえ知らなかったのも当然だろう、といえば言い訳がましいかな。成田屋十八番くらい覚えておけ。
 1月も終わりも終わり、半蔵門の国立劇場の新春歌舞伎も千秋楽。ようやく観ることがかなったのが「象引」というわけだ。この芝居、観たこともなかったが、劇場案内でその名を知り、歌舞伎事典などで調べてみて、これはぜひ観なければならない。そう思ってぎりぎりに駆けつけた。
 必見、ふたつの成田屋千秋楽「象引」が、なぜか新春に行われるか。年の初めに観るのが縁起のいいかということも記されていて、それもこの目で見てみたい。そう考えた。
 ストーリーなど、あってないようなものだ。いまいったように、武蔵の国、豊島家の領地というからいまの池袋あたりだろうか。芝居小屋から逃げ出した1頭の象が悪さをしてひとびとを困らせているという。だが実は朝廷の勅使大伴大臣褐磨(かちまろ)という悪人が絡んでいて、象を退治してやる代わりに豊島家の息女弥生姫を嫁に差し出せとの無理難題を吹きかけていた。
 そこに現れいでしは武蔵の国蓑田の郷の浪人、関東一の勇者として知られる源二猛(げんじたける)。派手なご面相に赤く大きな太鼓腹。
 褐磨対源二猛の象を挟んでの壮絶な戦い。といっても縄で縛った象を左右からえいさほいさと引っ張り合うものだが、やはり正義が勝利して、源二猛の勝ち。一同めでたしめでたし。昔のひとはこんなもので喜んでいたのかね。
 いや、昔のひとばかりではない。国立劇場を埋め尽くしたいまの客たちも、そしてかくいう私も、この芝居には大いに沸き、笑い、喜んだものだった。芝居っていいなぁ。歌舞伎十八番はやはりいいなぁ。
 なにがいいったって、あなた、市川団十郎ですよ。対する敵役は三津五郎、美しき弥生姫は福助ですよ。
 それに象さん、ひとの身丈ほどの小象で、くるりとひっくり返されたり、縄で引きまわされたり、おしまいには団十郎と並んで花道で短い脚を上げ下げし、耳を振って一人前に見得を切る。笑わせてくれました。

 ここ数年、市川団十郎丈、気になって仕方がない役者であった。
 なにしろいつ死んでもおかしくない業病白血病で倒れたのが6年前だったかな。ちょうどそのときは後継ぎの海老蔵襲名興行の真っ最中。父を気遣いながら健気に晴れの舞台を務める若き海老蔵。その姿をニューヨークにありながら、送ってもらった映像で観て胸を詰まらせたのは記憶に新しい。
 その病の床から立ち直った団十郎が、次に選んだのがなんとパリはオペラ座での「勧進帳」公演。海老蔵も一緒の成田屋大興業だった。それを狙って私もパリにまで押しかけて、二日間オペラ座の席に坐った。久しぶりに会ったパリの友人たちも観に来てくれて、まるで自分のことのようにうれしく得意だった。
 だが団十郎。パリから帰ってすぐに白血病再発。今度こそダメかと思われたが1年足らずで再び立ち上がり、去年の夏の終わりだったか、歌舞伎座で人間国宝坂田藤十郎を相手に回して「道成寺」の「押し戻し」の荒業で奇跡の回復を示した。
 これでやれやれかと思っていると、その直後にまたまた発病。今度こそ、と不安がわれわれのあいだに渦巻いた。だが、だが、年末にはうれしいニュースが流れ、新春歌舞伎には堂々と立ち、しかも「象引」の荒事を見せてくれるというではないか。
 千秋楽まで来られなかったのは不徳の致す限りだが、この日の舞台で涙を流し続けたのは私ばかりではなかったはずだ。「成田屋!」の掛け声が多く飛ぶ中、私は恥ずかしさも忘れて「大成田!」の声をあげていた。

必見、ふたつの成田屋千秋楽

国立劇場、この日の出し物は「象引」一幕に続いて天皇陛下御即位20周年とうたわれた舞舞台「十返りの松」。琴三味線お囃子に飾られて、めでたい松の枝ぶりを表す踊りが次々に繰りひろげられ、舞にはあまり素養のない私も含めて、客たちは心洗われる思いだったのではあるまいか。それにしても中村福助の艶やか、可憐。その美しさは女よりも美しく、かつても玉三郎をもしのぐ。
 おしまいは「浦競艶仲町(いきじくらべはでななかちょう)」。ご存じ鶴屋南北の世話物。花魁とそれを争う武士と商人。さらには親戚の男や花魁の妹などが続々現れてまんじともえの惚れたはれた。どたばた劇へと展開していくのだが、どうも南北の世話物、私は得意ではない。人物が多すぎるしその関係も入り組んでいて、すぐには理解できない。モーツアルト「フィガロの結婚」もかくやというものだが「フィガロ」には数々の名アリアがある。
 ああ、ややこしや、というわけで四幕舞台の三幕が終わった幕間に失礼させていただいた。いや、そうじゃない。急いで行かなければならないところがあったのです。
必見、ふたつの成田屋千秋楽 そこはなんと新橋演舞場。国立劇場が団十郎ならば、同じ時間に演舞場では海老蔵公演の、しかもこれもまた千秋楽。演じまするは「七つ面」といえば、「象引」と同じく成田屋十八番のひとつで、これも新春のおめでたい演目だという。わずか10分ほどの舞台だが、海老蔵が、翁、猿、荒事の若、公家荒、関羽、般若、恵比寿の7つの面を次々につけて舞う。しかも市川宗家が舞うのは73年ぶりだという。
必見、ふたつの成田屋千秋楽 国立劇場を出たのが4時前。演舞場夜の部の開演が4時半。自分の車を駐車場に出し入れする余裕などない。タクシーに飛び乗って、急げ急げ。
 だが、銀座、三原橋、大渋滞。歌舞伎座前で車を捨てて走ったものの、演舞場の窓口は閉ざされていた。二幕目から入ることはできそうだったが「七つ面」には間に合わない。どうしようか。
 暮れなずむ東銀座、私はただ途方に暮れて立ち尽くしていたのでありました。