WEEKENDLESS 42

 マッシモはマッシモ、感動は感動

オペラのなにが楽しく、素晴らしいのか。私たちはオペラのなにを楽しんでいるのか。
 私についていおう。
 私のオペラの楽しみ方、味わい方は3つに分けることができるだろう。
まずオペラそのものを楽しむ。そのオペラのドラマであり、アリアの数々であり、音楽の美しさ。
マッシモ 次に、そのオペラに関わっているひとたちの才能を、技術を、感性を楽しむ。それは、作曲家であり、歌手たちであり、演出家。同じオペラ作品でも、スタッフ、キャストによって、まったく違う作品になる例を、私は数多く観てきた。
 そしてもうひとつは、オペラハウスそのものを楽しむということだ。
 どこで観てもいいというものではない。東京で観るのとニューヨークで観るのとでは、同じ「カルメン」でも、受ける感動の質はまったく違っているはずだ。
 オペラハウスの話をしている。東京とニューヨーク、とまで飛ぶ必要はない。東京の中でも、上野の文化会館で観る「蝶々夫人」と初台の新国立劇場での「マダム・バタフライ」は別の作品なのだ。たとえ同じ劇団、同じ歌手たちであったとしても。それほどに、オペラハウスという場所の持つ意味は大きい。
 東京でも、いまいったふたつのほかに、サントリーホールもあれば渋谷のぶんかむらオーチャードホールなどもあり、それぞれにユニークな味わいを持っているが、やはり私は世界を目指す。田舎者の海外好きといわれようと、権威主義と笑われようと、深くて長い歴史を持ち、多くの名歌手、名作に磨き抜かれてきた世界のオペラハウスに向かう。
マッシモ だから私は、世界中のオペラハウスをめぐり歩いてきた。なにを上演しているかがわからなくても、それがあのオペラハウスだということだけでチケットを取り、ジェット機に乗る。ニューヨークはメトロポリタン・オペラハウス。この地には5年間住んでいたこともあって、数え切れないほど通い詰めた。パリのバスティーユのオペラ座は、定食作品が多すぎるが、それでもバスティーユだということだけで、20回以上行った。ロンドンのロイヤルオペラハウス、コベントガーデンにも数回ずつ出かけたし、ミラノのスカラ座にはつい先日も出かけ、見事に空振りを食らった。やはり当日券は無理だ。
 空振りといえば、ヴェネツィアのフェニーチェ劇場。行くたびに工事中、改装中で、同じヴェネツィア内のテアトル・マルベランでの歌だけ、コンサート形式上演に回されること3回。ようやくフェニーチェの客になったのは10年前。それから3回訪れている。

マッシモ

というわけで、イタリアは南の果て、シチリア島のそれも西に外れパレルモの街。その旧市街にそびえるマッシモ劇場。
 今宵鑑賞いたしますのは、ジュゼッペ・ヴェルディは「アイーダ」であります。19世紀終わりに建てられたこのマッシモ劇場は、同じヴェルディの「ファルスタッフ」がこけら落しだったそうだから、これもなにかの縁か。
 だが、マッシモ劇場がこれ以上はないほどに強く心に残っているのは、やはり映画「ゴッドファーザー・パート3」ではないだろうか。特に最後シーン。オペラ歌手になった息子の晴れ姿を観るためにこのマッシモを訪れていたマフィアのドン、コルレオーネ一家が、獅子像のある大きな石段で、敵対する組織に襲われ、最愛の娘メアリーが銃弾に倒れる。ドンのアル・パチーノが激しく嗚咽する姿は、いまも鮮やかに残っている。
マッシモ メアリーには、当初あの万引きで女優生命を失ったウィニノ・ライダーが予定されていたが、ぎりぎりドタキャンで降りてしまったため、急遽遊びに来ていた監督の娘、ソフィア・コッポラに代わったというエピソードもある。結局このピンチヒッターは大成功。結果オーライで、ソフィアがやがてトップ女優に、監督にと育っていったのは誰もが知ることだ。
 それはともかく私は、わくわくする胸を抑えてマッシモの客となったのだが、入口から正面の石段を上がりながら、そのあまりにもな殺風景さに驚いていた。なんの飾りもない。薄暗く冷たい石段が、客たちの靴音を響かせている。まるで古い病院だ。
マッシモ 2階に上がり、ひっそりと立っている女性にチケットを示すと、わずかににっこりとして、廊下に並ぶ木のドアの小さな鍵を開けてくれる。ドアの中のカーテンを押し開くと、正面にぽっかりと窓の開いたそこがボックスシート。ずっと先に幕の降りた舞台が見える。アル・パチーノたちもこんな席に坐っていた。そうだ。このボックスートのうしろで、護衛の子分がひそかに殺されたのだった。
 だが、この劇場の古さ、汚さはどうだ。正面中2階のボックスシートといえば1等席ではないか。それなのに隣と仕切る壁のモルタルははがれているし、赤い絨毯も擦り切れ、汚れで黒ずんでいる。シチリアらしい、マッシモらしいといえばそれまでだが、ちょっとなぁ。
 だが、荘厳な序曲に続いて幕が上がり、始まった「アイーダ」はさすがマッシモ。シンプルな舞台装置ながら時代考証などはしっかりしているようで、古代ギリシャの雰囲気はきっちりと出ている。パレルモがギリシャに近く、というか昔はギリシャだった歴史のせいかもしれない。
 劇場専属オーケストラに歌手たちなので、ぺらんと1枚の紙にタイプしただけで写真もイラストもないプログラムというよりパンフレットを見ても、知っている名前はひとつもない。パンフレットはもちろんイタリア語だし、舞台には英語でもフランス語でも字幕サータイトルのサービスはない。
 これはシチリアの、パレルモの客だけを相手に行われるオペラなのかもしれない。よそからの客たちなど想定もしていない。地域に根ざした地域のための文化活動。そう考えればいいのだろうか。
 しかし、マッシモ劇場だよ。世界に冠たるマッシモだよ。
 ヒーロー、ラダメスは背の低い肥満体で、声はいいがかなりがっかりだったが、お相手のアイーダ、ライバルのアムネリス、ふたりの若い女優はすらりと美しく、可憐、瀟洒。きれいに通る声で、これなら世界に通用する。
 凱旋のシーンには1頭の白馬も登場したが、この白馬、早く帰りたがって、役者を引きずるように舞台を通り抜けていった。新人の馬なのかもしれない。
 地域社会といえば、客たちの中に小学生のグループが数十人混じっているのにはびっくりさせられた。先生らしいおばさんに引き連れられてぞろぞろとやってきたのに驚いて、案内係の女性に聞くと、どうやら地元の小学校の特別授業らしい。子供たちにとっても、初めてのオペラだともいっていた、らしい。
 小学生の初めてのオペラがマッシモ劇場か。これも文化なのか。なんというぜいたくな文化なのだろう。
マッシモ 感心してはいたのだが、やはり子供は子供。こいつらのうるさいこと。開演前まで客席のあちらこちらで大声で騒いでいたし、始まってからは各所でひっきりなしにカメラのフラッシュ。4回もある休憩時間には、群がったまま廊下、階段を走り回り、叫び回る。そして、誰もとめない。
 やはりここはパレルモなんだ。シチリアなんだ。イタリアではない。そんな思いを抱かせる。

と、文句ばかりいったが、マッシモ劇場はやはり熱い熱い感慨を私の心に残してはくれた。マッシモはマッシモ。
 小雨の降りだした深夜のパレルモを歩きながら、私は考えていた。
 明日からどうしようか。どこに行こうか。この感動のまま、まだまだ日本には帰りたくない。