WEEKENDLESS 28

1年ぶりのパリは妙な疲れで始まった 

エールフランス275便は、ほぼ定刻にCDGシャルル・ドゴール空港に到着した。
パリ この便は、以前は確か275便ではなかったと思うが、同じような時刻に成田からパリに飛ぶ便はこれ1本で、私も幾度となく利用した。しかしパリは昨年の夏に来て以来。私としてはずいぶんなご無沙汰だ。だから、CDGに降り立ったとき、ある懐かしさというか、故郷の駅に帰ってきたような感覚にとらわれるはずだ。そう思って、心の準備をしてはいた。
 ところが、だ。どうしたわけか、まるで10年ぶりに来たかのような、へぇ、こんなところだったのか。ずいぶん変わったんじゃないのかな、といった不思議な感覚が広がるばかりなのだ。わずか1年ぶりなのに。
 そのわけは、やがてわかった。
パリ パリにはこれまでと同じように、年に2、3回は来てはいるが、その来かたがいつもどおりではなかった。去年の夏は、ピカソとダリをじっくり味わうために訪れたスペインはバルセロナからの回り道だったし、さらに半年前は、ベネツィアの謝肉祭カーニバルからミラノのスカラ座オペラを経由してのパリ。もうひとつ前もやはりイタリアのどこかからの来訪だった。ということは、CDGではなく、ヨーロッパ内のインターエアー、エールアンテールで、パリ市内のオルリー空港に降りている。フライトはまず往復チケットだから、日本に帰るときもオルリーからスペイン、イタリアに戻ってから帰っている。CDGでの不思議な違和感はそういうわけだったのだ。なんだ。
パリ 今回のパリは、このことからは異例ともいえる、極めてまっとうな入りかたをしたのだが、それから先も異例が続いた。
 いつもなら、CDGに着いたらすぐにタクシーで市内に入るか、時間が余っていて荷物が少なければ、エールフランスのシャトルバスでポルトマイヨーに運んでもらってそこからメトロになるのだが、このときはなぜかRERを利用してみることにした。RERレソー・エクスプレス・レジオナール、首都圏高速交通網と訳すのか、メトロと違ってSNCF国鉄の、いわゆる郊外電車で、私も例えばレイモン・ラディゲの生家を訪ねたりするときに乗ったことがある。つまりそれくらいしか使う機会がなかった電車だった。
 それなのになぜ、というわけだが、予約したホテルのせいだ。ロテル・プランス・デ・フォルム。フォーラムのプリンスホテルという立派な名前だが、なに、下町にある小さな小さな三ツ星ホテル。どうしてここを選んだかといえば、ルーブルにもオルセーにもオランジュェリーにも、さらにマレ地区にもオペラ通りにも歩いていけるという、私のような旅にんには実に便利なロケーションだからなのだが、実は数年前に1度、2週間だけ使ったことがあり、大いに気に入った。パリの定宿にしようとさえ思ったのにそれ以来利用していない。なぜなら、あまりに部屋数が少ない上に、パリに詳しいひとたちに人気があってなかなか予約が取れないのだ。私のように気まぐれで、3日前に決めるといった客には敷居が高すぎる。
 ところが今回、ダメモトでインターネット予約を入れてみたら、急なキャンセルでも出たのだろう、すんなりOK。
 このホテルの最寄り駅がChateletシャトレというメトロ駅。いくつもの路線が集まり散っていくハブステーションで、新宿か上野の感じかな。このシャトルがRERでCDGから1本、まっすぐつながっている。ということなら、タクシーやシャトルバスは必要ない。迷うことなくRERを選んだのだが、これがよかったのか悪かったのか、パリを知り尽くしているはずの私にして、予想外の1時間になったのでございます。

パリ

RERはメトロと違っていわゆる普通の電車。高いデッキによいしょと登って、4人掛けのボックス席。それはいいのだが、空港やその近くの工場、会社の通勤電車も兼ねているらしく、ひと駅かふた駅だけで降りていく工員、職人風のひとたちが多い。客は入れ替わるが常に満員。エアコンがなく、窓は閉め切り。ひといきれと長旅の疲れで、一気にぐったりしてしまった。
 しばらく我慢して坐っていると、同じ車両の向こうから甲高い女声と、それにいい返す男のだみ声でえらく喧しい。怒鳴り合いは延々と続いている。満員の客たちは、振り向きはするが知らんぷり。
 坐ったまま覗き込む私に、通路に立っている珍しくスーツ姿の男性がいった。
「ピックポケ」
パリ Pick pocket。男か女か、どちらかがスリで、ばれたか、手をつかまれたかしたらしい。それだけの話だ。騒ぎはやがて収まって、RERは走り続ける。騒ぎのあと駅はなかったので、スリが降りたり逃げたりすることはできなかったはずなのに、車内はなにごともなかったかにひといきれにあふれている。妙な気疲れだけが残った。
 予定外の出来事というか、私のプランのミスというか、このRERはわが駅シャトレには行かないことが判明した。RERでいえばひと駅手前のパリノール北駅が終点だという。仕方なく降りてみてわかった。電車の線路が北駅から先はない。そこからホームを変えて違う電車、これもRERには違いないのだが、乗り換えなければならない。いまシャトレは新宿か上野だといったが、北駅こそ上野だ。しかも昔の上野。東北からたくさんの出稼ぎ人がやってくる。集団就職もいて、上野はーおいらの心のえーきーだ、といった感じが北駅。
 スーツケースにパソコンケース。重い荷物を抱えて、壊れて動かないエスカレーターを昇り降りし、またまた高いデッキによっこいしょ。同じように乗り継いだ労働者諸君が口々にたずねる。これはシャトルに行くのか。空港に行くにはどうするのか。次の駅はなんというのか。ああ、うるさい。おれに聞くな。なんで明らかにガイジンの私に尋ねるのか。貴様それでも帝国軍人か。
 ようやくシャトレにたどり着いても、あまりにも大きな駅なので、構内を上がったり下がったり、おまけの出口を間違えて、観光客であふれかえる下町の石畳を歩きまわって、どうせ私は田舎者ですよ、おのぼりさんですよ、パリはわが心の故郷、なんてもういいませんよ。

 

下町のプリンスホテルは昔のままだった。昔のままに小さく、古く、やはり懐かしかった。予約したときに4、5年前にも利用したことを伝えておいたので、うっすらと覚えている老いたるコンシェルジュが、
 パリ「ロング・アブサンス・ムッシュしばらくでした」
 といってくれた。
 疲れも取れるうれしい気分になって、
 「ただいまぁ」
 と甘えていおうと思ってはっとなった。どういえばいいんだっけ。
 Me voilaか、Je suis de retounか。考えてみるまでもなく、フランス語には「ただいま」という言葉はない。そんなことも忘れているなんて。消えかけた疲れがまたどっと出たのであります。

さて、私はパリになにをしに来たのか。
 それはこれから考えよう。