WEEKENDLESS 26

  古く新しい佐渡ルネッサンス  

佐渡島にやってきて、ほとんどなにも期待していなかった郷土芸能、佐渡の人形浄瑠璃「文弥人形」。観光バス目当ての粗末な芝居小屋でうら淋しく行われた人形劇だったが、それが思いがけず新鮮な感動を与えてくれた。目的がどうであれ、観客がいようといまいと、この文化は残しておかなければならないといったひたむきな思いが人形遣いの母娘に感じられ、できるものならなんらかな形で応援したいものだとの気分にさせられた。
 佐渡の初日はこうしてもうけもののような形で迎えたのだが、しかし今回の目的はなんといっても能舞台、3夜連続して催される薪能にある。
佐渡ルネッサンス 第1夜の上演は、相川のホテルに程近い春日神社での「佐渡の日蓮」。
 和太鼓の独演と狂言「清水」を前座としての「佐渡の日蓮」は、佐渡島の山道を旅する修行僧が村の女性に出会い、仏法について語り、苦しさを嘆く。そんな時、遠い昔の佐渡で布教にいそしみ、苦労を重ねた日蓮上人の魂が形となって現れ、修行僧、村娘に仏法の正しさ、厳しさを解くという、民間伝承に基づいた物語で、修行僧と日蓮の二役を演じる津村禮次郎による創作能。
佐渡ルネッサンス 津村禮次郎というひとは、確か京都観世流の師範だったはずだが、と解説文をみると、実は九州の出身で、一橋大と同志社大で学び、その後京都で活躍していたが、ここ数年は佐渡の能楽の復活に執念を注ぎ、佐渡能の指導者として若手を率いているという。こういうひとがいなければ、佐渡に、いまのようなルネッサンスの風は吹かなかったかもしれない。意欲だけでは、変革も復活もあり得ない。鍛練と経験に裏打ちされた強力な指導者が必要なのだ。

佐渡ルネッサンス

二日目は、島の中央部、大膳神社での「トキ」。トキという鳥が絶滅しかけているのを、佐渡のひとびとが救い育み、最後には美しい羽を広げたトキが舞い踊るという、なにやら最近の話を江戸の時代に置き換えた、やはり津村禮次郎による創作能。大膳神社の大膳とは、あの大膳坊伝説によるものなのだろう。こんなところにも民間伝説の名残が感じられるのが島独特の風土でもあろうか。
佐渡ルネッサンス だが夕方まで時間はたっぷりとある。前日同様路線バスとタクシーを乗り継いで、島の右下にある「道の駅」という観光施設に出かけてみた。この名前だけではもとより「芸能とトキの里」と説明的なサブタイトルがあってもなにを見せてくれるところか分かりにくい。前日のシルバービレッジもそうだが、佐渡の観光業者にはいささか独りよがりなひとが多いようだ。
佐渡ルネッサンス この施設、実は佐渡のものだけではなく、一般的な能楽についての初歩的なことを教え、見せてくれる、本来なら、東京や京都にあってしかるべきところだそうだ。なにをいまさら、という気もしないではなかったが、なにしろ暇なもので訪ねてきたというわけだ。
佐渡ルネッサンス だが、これもまた予想外の収穫。まず「佐渡能楽の里」というところに入ると、最初の部屋に大きなテレビほどの舞台をその前に立って見る形。からくり劇場と名付けられているが、からくり人形ではなく、コンピューターグラフィックで、観世能「猩々」の、しかも衣装の着付けだけを見せるというユニークさ。「猩々」は2、3回観たが、着付けを見るのは初めてだ。歌舞伎と違って3人がかりで、極めてしきたりどおりのシステムで行われる。勉強になりました。
 続いて導かれたのが能舞台。ここにはからくり劇場とは違い、3間四方の大きさも、橋懸かりから三本松までの作りも、流れる空気さえも本物と寸分変わらない、ヒノキ造りの能舞台が、正面、脇正面の客席までそのままに豪気に開けている。ここであの「道成寺」のクライマックスシーンが上演されるという。
佐渡ルネッサンス といって演じるのは人形だが、囃子方から楽師まですべて本物通りの揃え。もちろん橋懸かりからすり足で登場するなどできず、床下からすーっと現れるわけだが、この人形がまた、実際の人間をとじ込めているのではないかと思えるほど表情も仕草もよくできている。マダムタッソウだな、これは。
 こうして、二人だけの客席相手に行われた「道成寺」を、カメラをかざしながら観るという、信じられないぜいたくを味わったのだが、外に出てから胸に浮かんだ妙な虚しさはなんだったのか。
佐渡ルネッサンス この「道の駅」のすぐ前に、昭和天皇も訪れ、鑑賞されたというそれこそ数百年の歴史を持つ本間家能楽堂があったが、いまはすべての雨戸を閉ざし、小雨の中ひっそりたたずんでいるばかり。こうした歴史、由緒が、現代科学の粋と費用を投じて作られた、大掛かりできれいな観光施設に取って代わられる。伝統文化をよみがえらせるという志が内包する難しさと矛盾。そんなことを感じる旅のひとでありました。

第二夜は、大膳神社での「トキ」。
 第三夜は、この「道の駅」にも近い椎崎諏訪神社で行われた。
佐渡ルネッサンスやはり前の二夜と同じく、和太鼓と狂言に続いての能舞台は「葵上」。本当はこれを一番観たかった。「源氏物語」を典拠としてかの世阿弥が改作した「葵上」はいうまでもなく能楽の傑作中の傑作。若いころから幾度も観た。
 光源氏の正妻、葵上が夫の愛人である六条御息所の怨霊に呪い殺されようとするのを、役の行者、横川の小聖の加持祈祷によって救おうという、行者と、悪鬼に姿を変えた御息所との激しい戦いが主題の、女の嫉妬を描く有名作。
 舞台は大体において世阿弥の作通りに進み、衣装も謡いも見慣れ、聴きなれたものではあり、「葵上」に精通しているわけではないのだが、うーん、なにか違う、どこかが変わっている。そんな感触がぬぐえない。
 いまでもわからない。なにが違っていたのだろうか。
 それまでに観た二本が、創作能だったこともあるだろうか。
佐渡ルネッサンス 創作能の宿命は、いかに伝統を守り、いかに伝統を破るかにある。それに、物語も、観客の知らないものであるから、古典のような極端な省略ができない。すべてを見せ、説明しなければわかってもらえない。同じ津村禮次郎の演出なので、古典の「葵上」においても創作能のしがらみが付いてきてしまったのか。
 まず、登場人物が多すぎる。本来は通路にしか過ぎないはずの橋懸かりの上での舞い、芝居が多すぎる。削ぎに削ぎ、省略の限りをつくす。そんな能楽の精神が薄れている。「葵上」にさえもその弊害は出てしまった。
 だが、これは仕方のないことかもしれない。15世紀のイタリアで澎湃とわき起こったルネッサンスの嵐。古代ギリシャに戻ろうとするその中にあって、それまでに磨きあげられてきた宗教絵画の伝統、常識をいかに変えるかが、最大の課題であり、苦しみであったはずだ。昔に戻そうとすることは、まったく新しく作り上げるよりさらに数倍の苦難と痛みを伴うことであろう。
 “古い”伝統をよみがえらせようとする佐渡ルネッサンスの“新しい”戦いは、まだ始まったばかりなのかもしれない。

佐渡ルネッサンス