WEEKENDLESS 25

  佐渡はいま、ルネッサンスの気配  

島、には独特の空気が流れている。気配、文化といっていいかもしれない。
佐渡 新潟の港から、フェリーで2時間余りかけて渡り着いた佐渡、両津の桟橋に立ったときから私はそんな思いを強く抱いていた。海を渡る風にさえも、なにかしら島特有の香りを感じる。それは旅の香りでもあった。東京よりも、いや、新潟よりも数度は気温が低いと思うのも、気のせいだろうか。
 迎えに来てくれたホテルの車で相川の地に向かう。Zの形をした佐渡島の右下から左上まで斜めに横切るドライブは、1時間の長旅だった。軒の低い、いかにも造り酒屋といったおもむきの家並みが続く古い街を抜け、短いトンネルをくぐるといきなり海に出た。奇岩ともいうべき大きな岩が、岸にすぐ近くいくつも立ち並び、いかにも北国のわびしさを演出している。
「二見が岩です」
 ドライバーが、私の視線に気づいて話しかけてくる。
 不思議なほどに空いた道だった。オリンピックのせいで、この夏は観光客が少ないという話も、車に乗ったとたんに聞かされた。そうなのだ。ときはオリンピック。オリンピックにはあまり興味がない。というか、その開催国に関心が持てず開会式は見なかったが、スポーツそのものは嫌いではないので、東京にいるとついテレビ中継を見てしまう。そんなときに、佐渡に行ってみませんか、との誘いだったので、喜んで出かけてきた。空いているのは大歓迎だ。
佐渡 ホテルでの食事までの時間、目の前の海に出た。二見が岩ほどではないが、荒々しい岩がいくつも砕ける波にさらされている。この海岸に広がる芝生で、佐渡おけさや佐渡鬼太鼓(おんでこ)の観光写真が撮影されたという。こんな吹き飛ばされそうな場所でよくやったものだ。
 最初の夜、ホテルの部屋の窓を開け放ち、海の風を入れながら手酌で地酒を飲み続けた私は、案の定強めの二日酔いで翌日を迎えた。持病の二日酔いはいっこうによくならないばかりか、ますます度が進んでいく。私の暇つぶし人生、長くないようだ。

夕方まですることがないので、ホテルの前から路線バスを乗り継いで、昨日通った海岸通りを下ってみた。七浦通りというらしい。
 佐和田というちょっと大きなバス停から5分ほど歩くとシルバービレッジ佐渡。名前からはわかりにくいが、レストラン、集会場、結婚式場などが集まった施設。その離れのような建物が「佐渡人形芝居」の上演会場。
 その昔、関西を中心に広く発展した人形浄瑠璃の一派「佐渡文弥人形」が、観光客目当てに形を変えていまも上演されているという。ホテルでそんなパンフレットを見て急にやって来たわけだが、これが思いがけない収穫。
 安っぽい土産店などが並び、といってもすべて閉店状態だったが、その奥に丸太を並べたような客席、さらに薄汚れた幕が広がって、そこが上演舞台。
 客は私ともうひとり物好きなひとがいるだけだったが、それでも時間が来ると開演。黒い衣装の老婆とその娘らしい女性が挨拶に出てすぐ引っ込む。ふたりは人形遣いでもあった。
山椒大夫 使い古したらしいテープの「語り」が流れ始め、幕が上がると舞台中央に身を伏せて死んだように横たわる赤い衣装の娘人形。上手から現れるは粗末な衣服に杖をついた女性。めしいている。このシーンだけでわかる『山椒大夫』安寿と逗子王の物語。
 めしいた女が、杖を振りながらうたう。安寿恋しやホーヤレホ。
佐渡文弥人形 20分ほどの人形芝居は、あくまでシャビーで、観光バス目当ての印象ではあったが、その安っぽさがかえって伝統芸能的。哀れで、物悲しく、不思議なことに気品さえ感じられる。決して卑しくはない。
 佐渡の人形芝居の伝来には諸説あるようだが、寛保年間に江戸の人形遣い野呂松勘兵衛が佐渡に渡って人形を遣わせたのが始まりとされる、とはホテルに戻ってインターネットのウィキペディアで調べた知識だ。第一、佐渡に人形芝居があったことなど、ここに来るまで思いつかなかったのだから。
佐渡文弥人形 この「佐渡文弥人形」こうした街角の小屋で細々と続けられてきて、この日は無人だったが、ときには数台の観光バスが訪れる日もあるという。人形遣い母娘の執念が実りつつあるということだろうか。

「佐渡は熱い」
 とは聞いていた。
 島国特有の進化発展を遂げ、あるいは島国ゆえの衰退滅亡を重ねてきたいくつかの郷土芸能、特に能舞台が、多分東京帰りの若いひと達の手によってよみがえり、立ち直ろうとしている。一度その目で確かめてみてはどうですか、といわれてから久しい。
 江戸、都から遠い佐渡の地になぜ能楽というみやびな芸能が根付いたか。それは15世紀、ときの足利幕府の不興を買った世阿弥が佐渡に流されたため、という程度の知識ではあったが、佐渡の能楽に関心がないではなかった。
 だからいま佐渡で、3夜続けて、しかも場所を変えての薪能が行われるとの情報を得て、折しも目障りなオリンピック、逃げるようにしてやってきたというわけだ。「佐渡文弥人形」はそんな旅に付随した思いがけないおまけ。
薪能 今夜、いよいよ「佐渡薪能」の第1夜。春日神社の能舞台で行われるのは、佐渡を舞台にした創作能『佐渡の日蓮』。夕暮れを待って出かけた。
 能舞台といってもよくある仮設舞台ではない。神社と同じ歴史を持つ由緒正しい本格舞台だ。舞台前の庭先、境内に並べられた椅子は明るいうちから満員。
薪能 そしていま、火入れの儀。白装束に身を包んだ高校生のような巫女が、舞台両脇の薪に松明の火を移す。
 能狂言の前座を務めるのは、和太鼓の独演。ジャズドラマーのような若者が、大小いくつもの和太鼓を打ち鳴らし、撥を振り、踊り、跳ねる。これはもう、伝統芸能というより、新しい、復活した芸能フェスティバルの始まりだ。
 佐渡は、いまルネッサンスを迎えようとしているのではないだろうか。

    (この項、つづく)

薪能