WEEKENDLESS 23

真夏の夜のフラメンコ

日比谷公園を歩いている。といってもこの暑さなので、各所に広がる日当りのいいオープンスペースは避け、木立の下を選んで歩く。気のせいかかすかな風が吹いているようだ。空いているベンチを見つけると必ず坐り、ペットボトルの水を口に含む。
 来なければよかったとも思うが、来てしまったものは仕方がない。
 銀座の涼しいエアコンの中でのウインドウショッピングのさなか、時間があるから日比谷公園でも歩くかな。急に思いついたのが災難の始まり。
 ニューヨークでもデパートや5番街を歩いていて、なにも買うもののないのに気づいて気まぐれに向かうのがセントラルパーク。広大なセントラルパークの木立の下を歩けば暑さもしのげるのではないか。そう思ってホテルプラザの前から公園に入るのだが、大体において後悔する。ちっとも涼しくはないのだ。
 セントラルパークと同じ後悔を、いま日比谷公園で繰り返すまったく学習能力のない我々であります。
 日比谷公園は東京のセントラルパークだ、などといったのは誰だ。
 ぼやきの中でふっと思いついた。セントラルパークで、疲れ、うんざりしていたとき、逃げ込むように、救いを求めるように入るのが公園の西のはずれ、ダコタハウスに程近く、アイビーがらみのエントランスはタバーン・オンザ・グリーン。カフェテラスも構えるその店は悪趣味なほど飾り立てた古いレストラン。そこで“旅”に疲れた私たちは小ぶりなBLTサンドウィッチにベルギービールはステラアルトイド。
 だから日比谷公園でも、私たちは東京のタバーン・オンザ・グリーンを目指す。もうおわかりだろう。日比谷公園にその名も高いレストラン松本楼。ちょうど目の前にあった、といえばわざとらしいか。
松本楼 テラス席でと思ったが、見るとテラス席の女の子がスカートの脚をハンカチでパタパタやっている。日比谷公園にはセントラルパークにはいないものがふたついる。わんわんとうるさい蝉と、足元を狙うやぶ蚊の群れ。それを見て、中のテーブル席に着いた。
松本楼のカレーライス 松本楼といえばカレーライス。その昔、年に一度のお祭り“10円カレー”に行列したというか、行列を見に来たこともあった。
 ベルギービールはなかったがキリン一番搾りの生。これが日本の定番かな。

日比谷ヤオン

松本楼で時間調整し、すぐそばの野外音楽堂、いわゆる日比谷ヤオンが、実はこの日の最終目的。このために暑い思いの2時間を過ごしたのであった。早くいえってか?
 真夏の夜のフラメンコ。そう銘打たれた今宵のイベントは、日本にこのひとあり、というより、このひとしかいない、小松原庸子がみずから主催するスペイン舞踊団を引き連れてのフラメンコダンスの野外フェスティバル。もう38回、毎年日比谷ヤオンを占拠しての夏祭り。
真夏の夜のフラメンコ 小松原庸子には縁がないわけではない。
 菅原謙次、といっても知らないひとが多いだろうが、かつての大映で、柔道もので売り出したが、刑事もの、社会もの、極道物から恋愛もの、なんでもかんでもこなしたトップスター。その妹が小松原庸子。もう40年も前かな、菅原謙次の、確か府中だったかの家に遊びや取材で訪れると、自分も取材されたくて、用もないのに奥から出てくるのが若き日の庸子。兄の謙次がさる実業家のお嬢さんと結婚することになり、婚約発表のセレモニーを私が仕切ったのだが、来なくてもいい庸子までやってきて、会場の控室でめそめそ泣いていた。あのころ彼女はもうフラメンコを始めていたのだろうか。
 その後、フラメンコで名を成したものの、栃木か群馬の山奥に広大な敷地の家を建て、100匹余りもの野良猫、捨て猫を集め、世話をしているという奇特家ぶり、変人ぶりのほうが話題を集めたものだ。もちろん私も、40年間会うこともなかった。その間、フラメンコ一筋、舞踊団一途だったはずだから、やはり猫同様に変人でもあり続けていたようだ。
フラメンコ 少しずつ涼しくなっていくヤオンの舞台は、さすがに素晴らしい。
 かつて見る日本人のフラメンコといえば、ずんぐりむっくり胴長短足のダンサーがただドタバタと踊るばかりだったが、この夜、舞台狭しと舞い踊り、ヒール踏み鳴らし、カスタネット打ち鳴らす若い女性たちは、どの子もどの子も長身スリム、髪引きつめあげた顔はあくまで小さく、笑顔はあでやか。楽しげに、華やかに、蝶のように、花のように舞い続けていた。実はそのこと自体が、私にとって大きな問題だったのだが、それはともかく、時代は変わった。日本も捨てたものではない。その思いを強くしたのであった。
 舞台は、オペラ『カルメン』でも使われた『アラゴネサ』、『スペイン組曲』からの『アストゥリアス』、あまりにも有名な群舞『ファンダンゴ』と、楽しく明るい曲、踊りが続いたが、後半になってこの舞台のためにスペインはアンダルシアの港町カディスから招かれたふたりの男性ダンサーが登場、日本女性を相手に見事なダンスを繰り広げた。
 男たちの踊りは、気障なほどにシャープで、いやらしく、苦しげで、ときに猥褻に、下品に、激しく、悲しく、エロティックな、これぞフラメンコ。
そうなのだ。私が日本の女性ダンサーに感じる不満はそこだった。このいやらしさ、苦しさ、猥褻さ、下品さが、彼女たちにはない。フラメンコに何よりも必要なものが。
 虐げられ、疎外され、迫害され、追われ、逃れ、隠れ、犯罪しか生きるすべを持たないジプシーたちが、人里離れた森かげで、人種の、民族の悲しみをぶつけるように歌い踊った。そこにむせかえるのは、汗のにおい、土埃の香り、それを隠そうとする香水の下卑た臭気だ。
 昔スペインで、アンダルシアで、本物のフラメンコを求めた私に、地元の男が連れて行ってくれたのは、“普通の”人間なら近づかない郊外の“危険な”酒場だった。なにが起こっても知らないよ、といわれたものだ。
 いまの東京で、それを求めるのは到底無理だろうが、少しでもそんな香りがほしかったのに。
 日比谷公園は、所詮セントラルパークではない。日本のフラメンコは、やはり日本風な、楽しくきれいな民族舞踊でしかなかった。楽しかったけど、ね。

日比谷ヤオン