WEEKENDLESS 22

比叡の夕闇、灼熱の京

比叡山

背後に広がる緑濃い木立から、しーっと通奏低音のように聞こえるのはひぐらしの鳴き声。その木立を抜けるように、いま一陣の風が流れ降りてきた。比叡の夕風は、木々の香り濃く、いましがたまでのじっとりと包み込む湿った暑さを忘れさせてくれる。陽も、いつの間にか山影に沈んでいた。
舞台 朱の柱に囲まれた阿弥陀堂回廊前にしつらえた舞台には、歌舞伎座や演芸場と違って幕はない。無人の舞台が白々と広がっている。その舞台を正面に、3方が急誂えの客席で囲まれており、1階席、2階席、合わせて千人ほどの観客が、まもなく始まる舞台を、息をひそめて待ちわびている。
 やがて上手わきの回廊舞台に鼓、小太鼓、三味線を抱えたお囃子方が、身をこごめて現れ、静かに座る。比叡の山に緊張が走る。

舞台

 比叡山薪(たきぎ)歌舞伎に、招待を受けてやってきた。
 中村吉右衛門奉納公演、と名付けられたこの歌舞伎舞台は、本来比叡山延暦寺に奉納される舞台であって、観客を集める商業公演とは違う。本来なら数人の関係者だけの前で、寺院に向かって納められるものだが、それはあくまで建前。このように多くの客を招いて行われるようになってから久しく、特にこの比叡山の奉納公演は、五年前の天台宗開宗1200年記念を第1回として、今回で6回目を迎える。私は昨年も招待されたのだが、折悪しく海外に出かけていてかなわなかった。それだけに期待は大きい。
奉納公演 舞台は大きくふたつに分かれており、第1部は『近江のお兼』、そして『舞妓の花宴(しらびょうしのはなのえん)』。どちらも上方歌舞伎の代表ともいえる舞踊劇で、『近江のお兼』は、大の男たちをも投げ飛ばす力自慢の娘、お兼が、それでいて胸にはいとしいひとに寄せる熱い思いが渦巻いているというむずかしい舞いを、中村芝雀がコミカルに舞ってみせてくれた。
 『舞妓の花宴』は、中村福助が金の烏帽子に水干太刀佩き(すいかんたちはき)姿で舞う白拍子。きりりとした舞姿がやがて妖艶哀れに流れていくさまを見事に舞いきった。
 「恋の手つけと引きよせて 顔に照るひの つい解けかかる」
 の名高い歌は、確か人形浄瑠璃でも聞いた覚えがある。
 このふたつの舞舞台は、あでやかで美しく、というか、いかにも上方風、はんなり、まったりとの表現がぴったりで、地元、京、大坂からの客たちのうれしそうにかける「京屋!」の声も弾んでいた。この「京屋!」をこれほどしっかり聞いたのは初めてだ。

 ふたつの舞いに続いては、舞台の両脇におかれたたきぎに延暦寺の僧侶たちが読経とともに火をつける“火入れの儀”。これこそ奉納公演の目的そのもので、宗教儀式であり、この舞台が“薪歌舞伎”と呼ばれるゆえんでもある。だが、一般的にいえば前半と後半とのインターバル。野球のセブンスイニングス・ストレッチのようなものといってしまえば不謹慎かな。
 しかし、タイミングは最高。“火入れの儀”が終わってみると、比叡の山はすっぽりと夜に包まれていた。

 いよいよメインイベント、中村吉右衛門による『藤戸』は、能の『藤戸』を基にして吉右衛門本人が翻案、構成したこれも舞踊劇。
 源氏の武将、佐々木盛綱が藤戸のいくさで、有利な浅瀬を教え、勝利に導いてくれた漁師を、秘密を守るために殺した。数年ののちこの地を訪れた盛綱の前で、漁師の老母が恨みと悲しみを訴える。そして殺された漁師が悪龍となって現れ盛綱に襲いかかるが、盛綱たちの必死の祈祷の末、ついに成仏して退散するというドラマティックな物語。老母と悪龍の二役を吉右衛門が演じ舞う。
 舞台は佐々木盛綱が家臣をひきつれてすり足で現れ、
「ここに現れいでしは、東国より越し参った佐々木の盛綱にて候」
と名乗りを上げ、その後の進行もまさに能舞台そのもの。吉右衛門の老母も、姥(おうな)の面さえつけてはいないが、少し前に見た能舞台『卒都婆小町』の老婆を思い出させる舞姿だった。
 だが、悪龍に姿を変えてからの迫力、おどろおどろしさ、ダイナミシズム。これははんなりとした上方歌舞伎にはないもので、江戸歌舞伎の毅然とした気配が強く伝わってくる。江戸歌舞伎でも、ここのところ団十郎、海老蔵の成田屋、勘三郎の中村屋、玉三郎、三津五郎の大和屋など、大衆受けというか人気先行の舞台を多く見てきたせいか、播磨屋が久々に見せてくれた威厳、格調だったともいえる。
 特に東京から来た客たちにはそれが敏感に伝わったようで、「播磨屋!」のかけ声がいくつか、しかし遠慮がちに聞こえた。西に来たからといって遠慮することはないじゃないか。そう思って私は、2階席のタブーを破って、思い切り大声で声をかけた。それも、「播磨屋!」ではない。
 「大播磨(おおはりま)!」

京都

京都のホテルでゆっくりした。
 前夜比叡の山から下りて京の都に入ったのは、もう夜も更けたころ。だがそれから始まった宴は延々深夜まで続き、この朝はいささかの二日酔い。昼ごろの新幹線で真っすぐ東京に帰ろうと思っていたのだが、朝食のときにコンシェルジュの女性に聞いた、
 「今日は八坂はんの花笠巡行どすえ」
 のひとことが心を変えた。
 1時に八坂神社を出るというので、荷物を持ったままタクシーで祇園に向かった。
 暑い。四条大橋、南座の前でタクシーを降りたとたん、たたきつける日差しに目がくらむ。街が陽炎のように揺らいでいる。京の夏はよく知っているつもりだったが、それも20年余り前の記憶。これほどのものだったのか。
花笠巡行 ひと混みを縫い、日差しを避けて歩くうちに、折もよし、八坂神社から現れた祭りの列が見えてきた。小さな子どもたちが引く神輿の可愛さ。着飾ったポニーにまたがり、得意そうな男の子。そしてなにより私の目を引き付けたのは、菅笠姿で舞い歩き練り歩く若い娘たちのあでやかさ、可憐さ、さわやかさ。暑さもその瞬間は忘れ、踊りの目の前に立ちはだかってレンズを向けた。

花笠巡行