WEEKENDLESS 21

わがローゴの通行手形   

パスポート

肌身離さず、とまではいわないが、パスポートなしでは生きていけないような生活をしているので、こうした場所には通いなれたつもりでいたが、パスポートは旅行のたびに取りに行くものではない。新幹線の切符とはわけが違う。
 それにしても久しぶりだ。パスポートの有効期間は10年間だから、交通会館に更新に訪れるのは10年ぶり。いやぁ、懐かしいなぁ。10年前もこうだったかな。そう思って、あっと気づいた。前回は、そのころカリフォルニアのパームスプリングスに住んでいて、ロサンゼルスの日本領事館で更新したのだった。そうか。だからここに来るのは20年ぶりだ。変わっているか、ではなく、忘れてしまっているのだ。
交通会館 更新の費用は1万6千円。20年前は確か8千円だったし、ロサンゼルスでは80ドルだったから、最近倍額になったに違いない。
 これから10年間通用する新しいパスポートを受け取ってバッグにしまうと、まるで初めて海外に出る少年のような初々しい気持ちになるのはなぜだろう。もう40年以上になるだろうか。初めてパスポートなるものを手にしたとき、家に帰ってからも幾度も眺めなおし、ベッドサイドのテーブルに置いて眠ったものだった。あのころの私は可愛かったな。
 もう可愛くない私は、それでも帰って、昔からのパスポートを全部引っ張り出して並べてみた。いはりいくらか気分は高揚しているようだ。
 5冊、現れた。
 新しいものから、いまエキスパイヤーしたのが、10年前、1998年にロサンゼルスで更新したもの。その前のものは1993年発行だから、5年間の数次パスポートだ。10年間というのはなかったのだろうか。その前も5年間で88年発行。さらに、あれ? これは78年発行になっている。10年ものはあったのだ。とすると、この前の2冊はなぜ5年なのか。うーん、謎は深まるばかりであります。
 などと呟きながらよく見ると、78年発行のパスポートの有効期限は83年になっているではないか。なんてことはない。83年発行の1冊を紛失していただけなのだ。お騒がせしました。
 そしてその前が73年発行で、規則正しい。これが手元にあるパスポートの歴史。と思うでしょう。ところがそうではないんだな。
パスポート いま保存してあるものはすべて数次パスポート。5年なり10年なり、期間内なら何度でも外国に出かけることができる。ところがこの数次パスポートを発行してもらえるのがなかなか難しい時代があったのだ。政府関係者や商社マン、特殊な研究者、学者など以外の一般人には、1度の旅行にしか使えないパスポートしか与えられなかった。そして、一般人がたびたび海外に出かけるなどまずありえない。そういう時代だった。
 だから私も、ここにある5冊、紛失分を入れると6冊の前に、確か4冊の1回こっきりパスポートを持っていたはずだ。それが残っていないのは、当時は、旅行から帰ってきたら返却しなければならなかったのか、もう用がないからと、航空券の半ぺらのように捨ててしまったのか。忘れた。なにしろ大昔の話。

生まれて初めてのパスポートは、24歳、東京オリンピックの年で、週刊誌ライターだった私は、その事前取材、資料集めのため香港に飛んだ。やたら揺れるプロペラ機が怖かった。
 次が2年後。雑誌社の特派員といういい加減な肩書をもらって、のちに学生ビザに切り替えてのフランス行き。3年間パリにいたが、その間1度も帰国しなかったし、ヨーロッパ内にはあちらこちら旅したが、1度の旅行のうちなのでパスポートは1冊だった。
 日本に帰ってきて、開設したばかりのフランクフルト航路に招待されたり、ジュニア小説を多く書いていた関係から、女子高生を10人ほどつれて、課外講習の名目でハワイに行ったりした。女子高生の家族や雑誌社のひと達など、30人ほどが羽田に見送りに来て、花束など渡され、大いに恥ずかしかったことを覚えている。
 そうなのだ。羽田空港ですよ。
 ヨーロッパには南回り。便によって違うが、バンコック、ニューデリー、バーレーン、カイロなど、3、4か所に止まって給油し、20時間以上かかる。アメリカ本土でも、アラスカのアンカレッジ経由。
 1ドル330円の時代で、持ち出せる現金は500ドルだったかな。クレジットカードなどないので、長期滞在では、現地の東京銀行に送金してもらって、あるいは前もって送金しておいて取りに行く。それしか方法がなかった。
 結婚して初めてのふたり旅が世界一周。ツアーに入ればいいのに、格好付けて個人旅行にし、行く先々で次の予定を組んだので、いまならどうということもないのだが、各地、各国で苦労の連続。それもかえって懐かしい。
 古いパスポートに押された数多いスタンプを見ていると、自分の歩いてきた道が、懐かしい街角が、忘れられないひとびとが、記憶のスクリーンに次々に浮かび上がってくる。

鮫洲の陸運局

翌日、今度は湾岸の鮫洲の陸運局に、運転免許の、これも更新に出かけた。
 免許更新は近くの警察署でもできるということだったのだが、通知の葉書で、鮫洲に来いという。私の場合、運転歴50年近いのだが、15年間アメリカにいるあいだに日本の免許証が失効していた。2年前に帰ってきて、アメリカのライセンスを書き換えたのだが、そうすると、試験を受けたわけではないが、新しく免許を取ったのと同じ扱いになる。当然無視したが、本当なら若葉マークも付けなければならなかったはずだ。
 というわけで、初めて更新する若者たちと一緒に2時間もの退屈な講習を受け、ようやく新しい免許証を渡された。今度の有効期間は3年。 

運転免許

パスポートに運転免許証。これにニューヨークのドライビングライセンス。アメリカの外国人記者証。あとアメリカ以外に行くときの国際免許証。これだけあれば世界中どこでも歩くことができよう。私にとって、人生の通行手形。
これらが必要でなくなるときはいつだろうか。案外近いような気もするが。