WEEKENDLESS 20

利根の川風、たもとに入れて   

いや、この暑さはただごとではない。
佐原 日陰を選んで、ゆっくりと、静かに歩いているのに、汗は限りなく噴き出し、町並みはゆらゆらと揺れ動いて見える。朝、ホテルのテレビが、今日は今年いちばんの猛暑になるでしょう、といっていたのをいまさらのように思い出す。
 暑さは気温だけの問題ではない。町全体を覆い尽くす湿気がさらなる猛暑感を生みだしている。それが水郷の夏の風物だ、といわれればその通りだが、水郷の町、千葉県は佐原に来ています。
佐原の大祭り 佐原は伊能忠敬を生んだ町として知られているが、暑さの中わざわざやってきたのは、ほかならぬ“佐原の大祭”を見るためだった。
 佐原の夏祭りは、正確には、佐原八坂神社山車祭り。京都の八坂神社と同じ流れを汲むもので、威勢のいい男衆がわっしょいわっしょいと神輿を担いで練り歩く、よくある夏祭りと違って、哀愁を帯びた佐原囃子の流れる中、いくつもの町内がそれぞれ伝統と工夫を凝らした山車を静かに引きまわす優雅で物静かな祭りだ。わっしょいわっしょいが男性的とするなら、こちらは女性的な祭りといえよう。
佐原の大祭 だがこうした猛暑の中では、優雅さも女性的な静けさも感じることができず、ああ、イメージが違ったな、うだる気持ちにひとり呟くのでありました。
 そう、イメージに引き寄せられるようにやってきたのだった。

 20年余り前のこと、千葉県から茨城県の南方面のいくつかのゴルフ場を数日かけて回るという、仕事がらみのゴルフ旅を実行したことがあった。そんな一日、佐原の町はずれの小さなビジネスホテルに泊まった。夕方に入って、シャワーを浴び、短い原稿をホテルのファックスで送って、9時を過ぎたころ食事と酒のために外に出た。そして私は、別世界のような光景に出会ったのだ。
 街灯も少なく、丈の低い小さな家々から漏れ出る明かりだけがぼんやり浮かび上がらせる川沿いの道を、屋根に古代衣装をまとった大きな武者人形を乗せた山車が、音もなく進んでいくではないか。
佐原の大祭 山車が勝手に動くわけがないから、やはり10人以上のひとが引いているのだろうが、そうしたひとの姿は不思議に目にはいらない。私に見えていたのは、その山車にいくらか遅れて、舞うように、漂うように歩いている数人の若い女性たちであった。
 大きくはだけた胸には胸当て、腹がけ、はしょりあげた脚にはぴったりの脚絆、股引。そしてきりっとアップに結った頭には、豆絞りの鉢巻姿。美しい。
 山車と娘たちが流れるように行く景色に、どこからかコンコンシャンシャンと、消え入りそうなお囃子が聞こえてくる。
 私はその幻想の世界に、すーっと、ゆらゆらと引き込まれていった。深く深く、悲しく、懐かしく。
佐原の大祭 そんな思い出、イメージが、佐原の夏祭り、という言葉を聞いて鮮やかによみがえり、幻想の世界を求めて再びやってきたのだが、猛暑の中、女性的とは決していえず、どちらかといえば元気いっぱい、勇猛果敢な山車が次々に街なかを引き回されていく現実に、私は早くもくじけそうになっていた。
 あの幻想世界は、祭りの終り、宴の終り。自分たちの町内に帰るひとびとの姿だったのだろうか。それだから不思議な哀愁が漂っていたのだろうか。
 夜遅く、もう一度出直してこようか。
 そう考えなおし、逃げ込むように街なかのそば屋に入った。
小堀屋 小堀屋。江戸時代から続く老舗そば屋。
 佐原という町は、北に利根川がとうとうと流れ、町に小野川という運河が行く河川海運の町、集積地として栄えてきた。この小堀屋の名物が、北海道は日高、利尻の昆布を練りこんだ“クロキリそば”はその時代の名残。イカスミパスタを思わせるが、びっくりするようなさわやかな食感。暑さもさっぱりと消え、ついお代わりもして、私はようやく生き返ったのであった。

小堀屋

 

水生植物園

夜までの時間、水郷大橋を渡って茨城県に入り、水生植物園に行ってみた。広い池に250種類、100万株の花菖蒲、あやめ、かきつばたが咲き乱れるとされていたが、時期がもう過ぎてしまっていたのか、花を閉じた水生植物たちが、炎天下、それでもすっくと立ち並んでいる。
 町なかと違い静かな風の絶えることがない。利根の川風、湿気は強いが、それがかえって霧を浴びたようなさわやかさをもたらす。時間が止まっていた。

佐原に戻ると、祭りのためほとんどの道が夕方まで通行止め。仕方なく町の駐車場に入れようとして、交通整理の狩り出されている警察官に尋ねると、
「この先にヤマムラという大きな看板のある駐車場がありますから」
そこに駐めなさい、という。
 しかし、行けども探せども、ヤマムラの看板はない。引き返そうとして、はたと気づいた。そこにどーんと出ているのは“山車会館駐車場”の大看板。そうか、あのおまわり、“山車”を“ヤマグルマ”と読んだんだな。だから“ヤマグルマ”、“ヤマムラ”。なるほど。暑さが戻ってきた。
 “夜の幻想の夏祭り”まで、まだ長い。

水生植物園