WEEKENDLESS 2
「ワッショイ」発見伝
テラスのテーブルにノートパソコンを持ち出し、赤いワインを少しずつ。そうして短い文章を2本ばかり書き、そのままアタッチメントで送稿。これで本日の仕事は終わり。いつもこんなものだ。もっと、なにもしない日のほうが多いか。
T-シャツの上にジャケッツを羽織って、いくら春になったといっても、それじゃ寒いか。ダウンのベストを重ねてふらりと外に出る。
目の前に日大グラウンドが広がる。向こうの端がよく見えないのは、グラウンドが広すぎるのか、ワインのわずかな酔いのゆえか。
春の夕暮れの中にアンツッカーのくすんだ赤が鮮やかだ。これは日本の色ではない。イタリアはトスカーナ、ワイン畑のあいだの乾いた道の色。
数人の女子学生が、そのグラウンドを一列に並んで走っている。陸上の選手たち。日大の陸上部といえば、レベルは国体級、いや、オリンピック並みだろう。走る姿は、限りなく美しい。肩も腰も少しの上下もせず、脚がすっすっと伸び、予想外のスピードだ。思わず、見とれて、立ち尽くす。

すばらしい美術品を見た気分で、駅までの軽い上り坂を一気に歩き、そのまま駅前の書店の客となり、出てきたのが1時間のち。
踏切りを渡り、少し戻ると、そこの店先に赤提灯。ここに寄らないわけにはいかない。
そもそも2年前、この居酒屋を見つけたときは感動的ですらあった。
長らく外国に暮らしていると、どの町にいても行きつけの店があった。ニューヨークならワインバー、パリならカフェ、マドリッドならタヴェルナ、そして愛するイタリアならバル。どんな町のどんな街角にも必ずあり、観光客などまず来ないそうした店で、毎日1時間ほどは過ごしていた。生活の一部、人生の一部であった。
だが、日本に帰ってからは、そのような時間を持つことをあきらめていた。日本にあるのは、銀座赤坂は別にすれば、煙もうもうの焼き鳥屋か、地元の常連客が我が物顔のすし屋か、カウンターだけなのにカラオケのうるさいスナックか。そんな店しかないと思い込んでいた。これじゃ、イエノミしかないか、と。
だがある夜、ゴルフの帰りだったか、この店、名前は悲しくもダサイ「ワッショイ」に、うっかりはいってみて、それからここが私のワインバー、カフェ、タヴェルナ、そしてバルとなったのだ。

入り口は狭いが、立ち飲みの細長いカウンターの奥は意外に広い。調理場もしっかりある。
そしてなにより気に入ったのは、立ち働く数人の男女の若さであり、礼儀正しさであり、ひと懐っこさ。日大グラウンドに見る、健康で美しい若者たちだった。
聞けば、経営者というかリーダーというか、福岡くんがその年の3月にこの地にオープンさせたばかりだという。なに、3月? 私がニューヨークから帰国して、この町に住むようになったそのときではないか。つまり、私と福岡くん、つまり「ワッショイ」とは、なんと同期生だった。
だから私は、「ワッショイ」のカウンターで冷やしトマトを喰らい、黒霧島のオンザロックのグラスを傾け、なかなか幸せなのだ。
日本も捨てたものじゃない。
開設から2週続けての気障な文章ですみませんね、という次第だが、先週の「小さなVIVA ITALIA」に、第1回なので誰も見てはくれないだろうという予想に反していくつかのお返しメールをいただき、ま、開設のご祝儀なのだろうが、おほめのお言葉。それで調子に乗って、同じトーンで続けてみた、というわけだ。
しかし、前回もいったように、あと1年で世田谷を去ることになるので、それまでに攻めて近隣だけでも極めておこう。そう思っているのも事実。気に入った店、食べる店、飲む店、買う店のいくつかを、機会を見て紹介しよう。その手始めに「ワッショイ」が来た。そう思ってください。
といいつつも、いま私は箱根に来ている。
仙石原の“リ・カーヴ箱根”。バイキング形式の料理が評判の温泉旅館。車を走らせてただいま到着。部屋にはいったばかりだ。
少し休んで、近くのポーラ美術館にいってみよう。去年の秋に来て、その充実振りに驚いた「モネ展」は、まだ続いているはずだ。
そのレポートは、来週。
