WEEKENDLESS 18

    またまた心はウィーンに翔ぶ

場所は農家の納屋らしい。禿げあがり、でっぷり肥った老農夫が、やはり貧しげな身なりの女を抱き寄せ、なにやら怪しげなふるまいに及ぼうとしている。
 「老人と使用人の女」と日本語訳されたその絵を見て、そうか、こういうことだったのか。私は納得した。
 少し前のこの場所で、ウィーンオペラ『マルタ』について書いた。宮廷の高級女官が農婦に扮して村祭りに出かけ、そこで思いがけずある農家に雇われる羽目になり、その農夫と恋に落ちる、という他愛のないお話だったのだが、貧しいはずの農家がさらにひとを雇うことなどあるのだろうか、と不思議に思っていた。
 だが、この絵を見てわかった。あの村祭りの使用人募集の集まりは、いわば期間限定の奴隷市ではなかったのか。農繁期のあいだだけか、あるいは1年間、農家は自分たちよりもっと貧しい女を買い取るように雇う。一種の人身売買で、買い取った以上、その女をどうしようと勝手。だからこの老いたる農夫は“奴隷女”に当然のように襲いかかるのだ。それが当時の世相であり風俗であった。決して『マルタ』のようなきれいごとではなかった。

国立新美術館六本木の国立新美術館に「静物画の秘密展」を観にきている。ウィーン美術史館に所蔵されている静物画、風俗画を一挙に展示する珍しい形の美術展だが、これを観る気になったのは、いまもいった『マルタ』をまだはっきり覚えていることもあったが、それよりもかつてウィーンで訪れ、いまも懐かしく残っている美術史館の記憶のせいだった。
 ウィーンといえば、ハプスブルグ家とモーツアルトに塗りつぶされている街だ。シェーンブルク宮殿に行っても宮廷博物館に行っても、そこにあるのはマリア・テレジアであり、プリンセス・シシー。街にはモーツアルト衣装の商人、客引きがあふれている。
国立新美術館 そんな中にあって美術史館だけは異彩を放っていた。もちろんハプスブルグ一門の肖像画や、歴史に残る名画も多くあるが、それよりも一般庶民家庭の台所や、冒頭に紹介した農家のようす、町の市場風景などの絵が主流となっていた。つまり、当時のウィーンやヨーロッパの影の部分、裏の事情などが偲ばれ、
資料を渉猟する面白さにあふれていたのだった。ハプスブルグ家としては、美術的な価値はさほど高くはないし、あまり誇らしくもないそんな絵を数多く展示する。そこにかえってヨーロッパ全土を制覇した一門の余裕のようなものが感じられるのであった。
 いや、日本にやってきたこの美術展が、あえてそうした作品ばかりを選んだともいえるか。古い資料、画集などを調べてみると、美術史館には、たとえばブリューゲルの「バベルの塔」やルーベンスの「毛皮のエレーヌ・フールマン」、ラファエルの「草原の聖母」など、歴史的な名画も展示されていた。ウィーンか日本、どちらかはわからないが、キュレーターの意図、センスが感じられる美術展といえよう。
 そして広い会場を巡って、最後の最後に目の前に現れたのはポスターサイズのさほど大きくない1枚の絵。それだけが赤い背景盤に飾られて特別扱いされている。
 「薔薇色の衣裳のマルガリータ王女」。
 17世紀のスペイン王フェリペ4世の王女で、14歳で神聖ローマ皇帝レオポルド1世に嫁ぎ、21歳にして世を去った悲劇の少女マルガリータ・テレサ・デ・エスパーニャの、わずか3歳のときの肖像画。
 スペインの王女の肖像画が、スペインのトレド美術館などではなく、なぜウィーンにあるのか。それは当時のヨーロッパがフランスを除いてほとんどすべてハプスブルグ家のものだったことを考えるとすぐにわかる。大きく裾野を広げたハプスブルグ家は、政略結婚を繰り返してますます勢力を増していくのだが、このような肖像画は遠くの身内、ここではウィーンのハプスブルグ“本家”へ送られたいわばお見合い写真のようなものだったろう。
 それにしても、3歳。あどけないその表情に、どこかしら寂しさが感じられるのは、政略の道具でしかない女としての宿命を早くも感じ取っていたからだろうか。それにしても“ラ・ロカ(狂女王)・フワナ”をはじめ、スペインのハプスブルグ家にはなぜか呪われた血が流れていたようだ。

 ただ懐かしさから訪れた「静物画の秘密展」だったが、思い出、感想はあちらこちらに飛び、思いがけず充実した3時間だった。
 国立新美術館では、アボリジニーの美術展や日本の書道展なども開催されていたが、これ以上気持ちが散乱しないように、カフェの庭席で木陰の風を受け、30分ほどぼんやりして過ごした。

国立新美術館それにしても亡き黒川紀章の手によるこの国立新美術館、もう完成1年になるのかな、最初のころは風変わりなデザインに馴染めなかったが、なん度もやってくるうちに、背景の森にも中の美術展にも、しっくり溶け込んでいるように思えてきた。パリのいまのルーブル美術館も、完成したころはガラス張りの逆さピラミッドが大不評だった。同じようなものだろうか。黒川紀章というひと、奇人ではあったが、才能はやはり素晴らしい。

国立新美術館