WEEKENDLESS 13
薔薇と巴里の日々
その空間すべてが薔薇に覆われていた。
壁という壁は薔薇の絵で埋め尽くされ、それよりほかにはなにもない。そこは日本でもフランスでもどこでもない。薔薇の国というものがあるなら、このようなところをいうのだろう。そう思えるほどの薔薇、薔薇、薔薇であった。
渋谷の“ぶんかむら”ザ・ミュージアムでの『薔薇空間』なる美術展を訪れた。
18世紀から19世紀にかけてのフランス革命をはさんだ激動の時代に生きた宮廷画家、ピエール・ジョセフ・ルドゥーテが、生涯をかけて描き続けたベルサイユ宮殿の薔薇の花々。そのライフワークともいうべき大著『バラ図鑑』より全部で169点もの薔薇の絵を一堂に集めた画期的な美術展という。
ルドゥーテという画家がいたことは知ってはいたが、革命後もなお宮廷にとどまって、このような作品を描き続けていたことも、ルイ16世やマリー・アントワネットがギロチンの露と散ったそんなときでさえ、なにごともなかったようにバラの絵を描いていたという信じられない事実も、ここに来て初めて知ることだった。
ルドゥーテの描く薔薇は、たいそう細かく分類され、学問的でさえある。ひとくちに薔薇といっても、たとえばガリカ系、ダマスク系、アルバ系などいくつもの種類に分かれており、そのそれぞれにロサ・ガリカ・ラティフォリア、ロサ・アルバ・キンバエフォリアなど由緒ありげな名前が付けられている。そのひとつひとつの絵に顔を近づけて細部を観察し、違いを見分けようとし、長い時間会場を歩きまわった。
しかし、これでいいのかな、というなにか釈然としないものも、気持ちのどこかに感じてはいたのだ。
確かにおびただしい薔薇の花が、たぐいまれな正確さで描かれてはいるが、なにか足りないものがある。足りないもの、それは濃密さといってもいい。
薔薇の花が本来持つ濃密さ。毒々しさ、まがまがしさ。もっといえば背徳の香りといったものが、ここには一切感じられない。匂いがない。だからこれは、美術展というより発表展。芸術作品ではなく学術資料。植物図鑑の薔薇部門。昆虫図鑑、鳥類図鑑と同様であろう。だからといってその価値が落ちることは一切ないのだが。
薔薇の持つ背徳の香りは嫌いではない。特に“バラ”でも“ばら”でもなく“薔薇”と漢字で書かれたときそれは顕著になる。『薔薇族』といえば新宿2丁目を愛するひとたちのための雑誌だし、『薔薇刑』は三島由紀夫が裸身をさらしたそれらしい写真集。私にその趣味は多分ないが、この美術展『薔薇空間』に少しでもそんな香りが漂っていればもっとよかった。
そんな思いで会場を出て、地下のパリ風カフェ、ドゥ・マーゴに坐ったとき、ようやく少し安心した。その庭には美術展に合わせ、多くの薔薇の花が飾られていた。そこには、毒々しさも、まがまがしさもちゃんとあった。

物足りなさはあったにしても、私の心に、パリの名残はしっかりと残ってはいたようだ。二日のち、私は上野の東京都美術館に足を向けていたのだから。
『芸術都市パリの100年展』。
日本とフランスのあいだに日仏修交条約が締結されて150年、それを記念しての美術展という、少々無理な設定ではあるが、1830年代のロマン派台頭期から1900年のパリ万博を経て、モンマルトル、モンパルナスでの芸術大開花、そして第2次世界大戦までの100年間を、美術作品、新聞写真、風刺画などで振り返るというもの。
よくある寄せ集めかもしれないという気持ちはあったが、やはり見逃すわけにはいかない。だって、パリだもの。俺のパリだもの。
世界中、いろいろな町に旅し、あるいは暮らし、それぞれの町の愛着を持ち、ここが故郷かと思ってきた。ニューヨークも、イタリアのいくつかの町もそうだったが、パリだけは特別だ。ユダヤの民が“約束の地”カナンを忘れることがないように、というのは少しオーバーだが、私の心からパリが離れたことはない。
ソルボンヌ革命、5月革命と呼ばれた時代の波に流されながら暮らした20代の後半の3年間。傷心のうちに帰国したのだが、それからも機会さえあれば、いや、機会を無理に作ってでもパリに通い続けた。あるときは4日間、あるときは3か月、4か月。アメリカにいたときも、出かけるのは日本よりもパリが多かったし、いま
もイタリアやスペインに目的があって行っても、最後の数日はパリの街を歩いている。
ということなので、この『100年展』に集められているほとんどすべてが、見慣れたものばかり。昔のパリの写真は幾度も見ているし、ドニ、ルソー、ボーシャン、ギヨマンなどの絵画はそれぞれの展示場所で幾度かは観てきた。
この『100年展』に新たな発見はない。懐かしさを感じるにはパリはまだ近すぎる。だからこの日は、海外に暮らしているひとが日本のテレビ番組をビデオで取り寄せて見るような、一種の確認作業の1日だったといえるかもしれない。だが、数回しかパリに行ったことのないひと、昔のパリをもっと知りたいひとには、なかなか有意義な展覧会ではなかろうか。
帰る前、先月の終わりに、パリのカルナヴァル美術館長ジャン・マルク・レリの講演があったことを知った。パリ旧市街、マレ地区にあるカルナヴァル美術館は、フランス革命以前の町並みや家屋の模型が展示されていたり、それに関する文献、絵画が多く飾られていたりする特殊な美術館で、私ももう20回以上は訪れ、がたがたと足音のうるさい館内を歩き回ったものだ。レリ館長にも、確か“レカミエ夫人”について話を聞いたことがある。あちらは当然お忘れだろうが、いらしていたなら話をお聞きしたかった。それを知って改めてこの『100年展』が価値あるものに思えてくるのだった。
もうひと回りしようか。
