WEEKENDLESS 11

招いたり、招かれたり

「普通の日本食に飢えているんじゃないでしょうか。掘りたてのたけのこと初がつおがはいったので、食べに来ませんか」
 3週間に及ぶニューヨークの旅から帰ったばかりの2週間前のことだが、こんな素敵な電話をくれたのは、小林女史だ。
 小林よし子さんは、もともとは雑誌の編集者で、若いうちから独立して編集プロダクションを設立。女性雑誌を中心に大活躍。私も幾度か一緒に仕事をした古くからの友人のひとり。時代を読む目に秀でたひとで、30年余り前には、現在のサッカーブームを先取りするような、ブラジルの日系サッカー少年をクローズアップした写真集を出版したし、20年も前になるだろうか、まだ日本では知られていなかったインドネシアのバリ島の民族家具に目をつけ、いち早く輸入販売に踏み切った。いま日本中にバリ島の民族家具の店があるが、その先駆者でもあり、バリ島に独自の工場まで持っているのは小林さんが神宮前に開いている“ワヤンカルサ”(03-3423-8221)くらいしかいなかったものだ。
 その小林さんも、いまは編集プロダクションもバリ家具の会社もほとんど後進に任せて悠々自適。海外に出かけることも多い。そんな素敵なKさんからの素敵なお誘い。私たちは大喜びで出かけていった。
 こうしたお誘いに、普段ならわが家のワインラックに並ぶ中から、メニュー、ほかの客、場の雰囲気などからぴったりのものを選んで1、2本持っていくのだが、たけのこに初がつおとなればイタリアワインとはいかない。新宿のデパートに立ち寄って、さっぱり辛口の日本酒を選んだ。〆張鶴(しめはりづき)。新潟の酒なので辛口には決まっているが、加えて胸を突く酒臭さのほとんどない、さわやか、ワインライクな高級酒。 
〆張鶴 いい夜になるかもしれない。
 しかし、新宿を経由したのは失敗だったかな。
 飲むことがわかっているので、車で出かけるわけにはいかない。帰りはタクシーにしても、行きは買い物も考えて電車になる。ところが新宿からの電車、時間帯からも当然夕方のラッシュアワー。そんな中、ちょっとくだけた服装のおじさんが一升瓶を抱えて揺られている、というのはあまりさまになる姿ではあるまい。
 恥ずかしさに身をすくめて、ようやくたどり着いた小林女史宅ではありました。

 小林よし子さん宅はおしゃれな低層マンションの1階だが、中にはいると、大きなテーブルから椅子、家具の数々、壁飾りにいたるまで、バリ島の雰囲気で統一され、マンションの一室とは思えない別世界。丸々と太った、いや太りすぎた長毛メイクーン種猫のプー女史もお迎えしてくれた。
 小林女史は雑誌編集、家具の輸入、といった仕事からは考えられないほどの和食およばれ巧者。もうずいぶん昔、私たちがカリフォルニアに住んでいて、日本に帰ってきたとき、サンマの塩焼きをたっぷりの大根おろしで食べさせてもらったことも思い出す。
 この日も、初がつおの刺身には幾種もの薬味野菜にしょうが、にんにく。新たけのこの風味苦味がすばらしい若竹煮。さらにたけのこにいくつもの野菜を焼きさばと和えた春の煮物。京都では、さばとたけのこの“炊いたん”という一品。これでは日本酒がいやでも進む。お持たせの〆張鶴はほとんど私ひとりで飲んでしまい、小林さん所蔵の“もう1本”まで開けさせる始末であった。
およばれ(この料理写真、携帯電話で撮ったので写りが悪い。小林さん、ごめん)

 

 

 

おかげですっかり酩酊し、なにを話したかよく覚えていないが、すばらしい夜だったことは間違いない。
 普通日本にいる場合、こうしたご招待には、ありがとう、ご馳走さま、で終わるものだが、アメリカやヨーロッパに旅行者ではなく暮らしているとそうはいかない。招かれたら、適当な時期を見て必ず招き返す。私たちは、この欧米スタイルを、何勝何敗、といういい方をして遊んでいたが、そう考えると小林さんには3勝5敗くらいだろうか。
 2週間置いて、今度はこちらからのお招き。せめて4勝5敗にはしておきたい。
 朝、成城石井まで車でお買い物。今宵のディナーは、オレ流イタリアンと決めた。
 昔から料理は数多い趣味のひとつ。男の料理は本格的すぎていかん、といわれるが、以前の私はまさにその通りだった。メニューの検討に何日も前からあれこれ悩んだり、買出しはまさに一大イベント。中華料理ならば横浜の中華街。フレンチ、イタリアンなら有栖川のインターナショナルマーケットか広尾の明治屋。和食の材料を調えるため、京都の錦市場まで日帰りしたこともある。
 ある夜の来客ディナーだが最近はそんな大騒ぎをせずに、簡単に手にはいる材料を工夫して、本格とはいいがたいが、それゆえにかえってほかでは食べられないユニークな“オレ流”ディナーとなり、この2年間だが、ご好評をいただいております。
  というわけで、この夜のメニューをざっと紹介しようか。
 ・ギリシャの塩漬けオリーブ ナポリのきゅうりのピクルス
 ・にんにくの自家製甘酢漬け
 ・茹でシュガーピーにオレ流タルタルソース(数種のドライハーブ入り)
 ・シーフードサラダ (タコ、イカ、ホタテにルッコラ、バジル、イタリアンパセリを ・岩塩とシチリアのオリーブオイルだけで)
 ・ズワイガニのオリーブオイル焼き、ローズマリー風味
 ・焼きトマト (アンチョビとケーパーをスタッフ)
 ・新ジャガイモのオーブン焼き (カニ缶とフレンチマスタードをスタッフ)
 ・パスタ (ペンネにパンチェッタとレンズ豆のボロネーゼ風ラグー)
 ・レーズン入りバターロール パニーニ・カンパネー(田舎風イタリアパン)
 ・チーズ(フロマッジオ) ロシュホールとブリを2種のジャムで
 ・エスプレッソ
ある夜の来客ディナーある夜の来客ディナー

 

 

これにワインは、先日持って行こうかとも考えたイタリアンを2本抜いた。
Italian Wines ・サンジオベーゼ (カラッタ地方の渋い赤)
 ・ロッソ・ディ・モンタルチーノ (有名なボッロネーロ ・ディ・モンタルチーノの弟分。フルボディよりやや軽い)

私としては、チーズがデザートのつもりだったのだが、小林さんが持ってきてくれたきれいな桜餅(!)がセカンドデザートとなった。こういうミスマッチも、小さなホームディナーのおもしろいところでもある。