WEEKENDLESS
いつも旅の途中
旅のひと、だった。
うんと若いころも、結婚してからも、思い起こせばいつも旅をしていた。もちろんどこにいても、昔なら原稿用紙とペン、いまならノートパソコンがあれば仕事ができるということもあったが、それよりもなによりも、どこか外国の町を歩き回っているのが好き。趣味と遊びで生きてきたようなこれまでだった。
そんな放浪人生の最後の数年間をニューヨークで過ごし、しばらく前に日本に帰ってきたわけだが、旅のひと、をやめたわけではない。これからも年に3ヶ月か4ヶ月は、アメリカなりヨーロッパなりに出かけていくはずだ。そんな意味で、私たちはいまも旅の途中であり、世田谷のこの棲家は前進基地に過ぎない。そう思っている。
しかし、そうはいっても、これからの時間の半分以上を過ごすつもりだったから、できる限り快適な環境にしたい。これまで行った国、住んだところの中から最も気に入った場所に近い棲家にしたい。
そして考えたのが「小さなイタリア」。
ニューヨークにいたときも、その前も、なにかといえばイタリアに出かけていた。見るもの、聴くもの、食べるもの。イタリアならなんでもよかった。そんなイタリアの風を作ろうと考えた。
エントランスドアの横には、小さなイタリア国旗。

家具のほとんどはイタリアメイド。毎日のワインは、赤はサン・ジョルジアーノ、白はプーリエ。ともにイタリア産。ビールはシチリアだが、これだってイタリアーノ。
テラスの向こうに並ぶ植栽は、トスカーナの景観を模して糸杉。
こんな空気に流れるのは、ヴェルディかプッチーニ。オペラのベルカントと来れば、他人が呆れてあざ笑うのが目に浮かぶが、かまやしない。自分がよければいいのだから。
というわけで、いまからアルファ・ロメオで買出しに出かけ、今夜はイタリアンなシーフード料理と洒落ようか。
こうして、イタリアかぶれの日は過ぎていく。
この文章は、約2年前に東急不動産のPR雑誌「BRANZ」に書いたものだ。つまり東急不動産のマンションを購入し、それを知った宣伝部のひとに頼まれてひとふし唸った、というわけなのだが、少々格好を付けてはいるものの、いっていることに間違いはない。
イタリアかぶれはいまも少しも治っていないし、去年の秋も年末も、オペラと美術館を目的にミラノ、ヴェネツィアに出かけている。
そしてなによりも、人生そのものが旅だということ。ニューヨークの5年間の前には、カリフォルニアのパームスプリングスに10年も住んでいたが、その間も年のうち3、4ヶ月はヨーロッパのどこかを歩き回っていた。私にとって住まいとは常に前進基地であり、たとえ10年間いたとしても、旅先のホテルと同じく、仮の宿に過ぎない。
「そんなことでは、落ち着かないでしょう」というひともいたが、そう、落ち着かないことおびただしい。
いまの世田谷のマンションも、ニューヨークからインターネットを通じて購入したもので、いわゆる不見転買い。もちろん新築だったので現在築2年。そしてこの住まいになんの不満もないのに、1年後には早くも次の住まいに移ろうとしている。
まったく新しい街として、テレビで繰り返し報道された豊洲地区に、田村正和のCMで話題になったトヨスタワー。その新しさ、キッチュぶり、銀座5分という楽しさが心をたちまち捉え、即座に契約に走ったのが1年前。世田谷の新居はわずか1年で見限られたわけだ。といっても、完成は来年の春。あと1年は待たねばならない。
こんな私が都合二年も待つというのは大変なことで、うっかりすればまたほかの場所に心奪われるかもしれない。 そうなってはさすがにまずいので、今日豊洲に来年の新居を見に行ってきた。50階のうち40階近くが出来上がり、青空にそびえていた。
ここが新しい前進基地になるのか。