羽仁未紗 VIVA OPERA 6
ある意味で最も人気のあるオペラといってもいい。
純情な若者が遊びなれた女に心奪われ、やがて悲劇へと突き進んでいくという、よく見られる“悪女もの”だが、『トラビアータ』『マノン』のように悪女のほうも心を入れ替えて、というのではなく、カルメンは最後まで悪い女。ドン・ホセは最後までかわいそうな男、という徹底ぶりが、かえってひとの心をとらえるのかもしれない。
だが、プロスペール・メリメの原作『カルメン』を読むとびっくりする。そこには純情可憐な“いい女”ミカエラも、モテモテ男、闘牛士のエスカミリオも登場しない。ただ、田舎者の兵士ドン・ホセが煙草工場のジプシー女カルメンに誘惑され、身を滅ぼしたという、当時の風俗エピソードのひとつを描いた小品でしかない。
そこにミカエラ、エスカミリオを加え、ふたつの三角関係を作り上げ、大衆受けするドラマに仕立て上げたのがビゼーというわけだ。ここにメリメの影は薄いし、原作通りではオペラにはならなかったろう。
オペラを数多く観だしたころ、つまりオペラにはまったころ、『カルメン』には特別な思い入れがあった。というのはそれまで多く見ていたイタリアオペラは、いまいち歌詞がわからない。つまりイタリア語がまだよくわからなかった。サータイトル(字幕)を読むのだが、それが英語だったり、ましてイタリア語だったらりすれば(つまり海外で観ると)、読む、観る、聴くで、疲れてしまう。
だが、『カルメン』はフランス語だ。フランス語ならなんとかなる。そう思っていた。フランス語はちゃんと学んでいたし、3年間パリに暮らしてもいたし、シャンソンの訳詞も職業的に経験していた。
だが、どうもおかしい。『カルメン』のフランス語がよく聞き取れないのだ。私はフランス語もまだなのか。
ショックを受けたが、あるときパリはバスティーユのオペラ座で『カルメン』を観て、胸のつかえがとれたのであった。
周囲のフランス人が笑いながらいっていた。
「ひどいフランス語ね。なにをいっているのかわからないわ」
そうだったのだ。ビゼーがフランス人であり、『カルメン』がフランス語によるオペラであっても、歌っているカルメン、ドン・ホセ、ミカエラは、イタリア人であり、スペイン人であり、ロシア人であり、アメリカ人。わかりやすいフランス語で歌えるはずがないではないか。フランス語が下手なのは私ではなく、歌手たちだったのだ。
ではフランス人歌手による『カルメン』を観ればいいではないか、と思うだが、フランス人オペラ歌手は少ない。ほとんどいない。それに、シャンソンの訳詞をやっていて身にしみて知っているが、多くのフランス人は歌が下手だ。シャンソンが素晴らしいのは、歌唱力ではなく、演技力のせいなのだ。
だからいまは安心して下手なフランス語の『カルメン』を観ている。
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