羽仁未紗 VIVA OPERA 9
ニュルンベルクの酒場では、多くの客が陽気に騒いでいた。
そこにふらりと現れたのが自称詩人のホフマン。すでに酔っぱらっている。いつものことなので誰も相手にしようとしないが、みんなに馬鹿にされているとも知らないホフマンは、若い酔客たちを周りに集め、詩を読みながら世界を股にかけて歩いている俺にもかなわなかった素敵な3つの恋の話をしてやろうと、勝手に話し始める。
こうして19世紀のニュルンベルク、ヴェネツィア、ミュンヘンと、3つの都を舞台にしたホフマンの、不思議で、あり得ないような恋が語られる。
第1話は、ニュルンベルクでの、機械仕掛けの人形オランピアに、それと知らずに恋した物語。
ぜんまいを巻きながらふたり(?)は踊るのだが、最後ににオランピアが壊れてバラバラになってしまい、ホフマンは苦い失意に落ちる。
第2話は、ヴェネツィアの高級娼婦(コルティージャ)ジュリエットとのはかない恋。ジュリエッタには魔法が掛けられていて、彼女に恋した男たちは影を奪われてしまうが、ホフマンもそのひとり。
鏡の中にしか自分の姿を見ることができない。そこにやはりジュリエッタに恋する貴族が現れ、ホフマンと決闘になり、ホフマンはダッベルトットゥという男の加勢を得て相手を倒すことができた。
だが、このダッベルトットゥこそジュリエッタに術をかけた魔法使いであり本当の恋人。ゴンドラの上で愛し合うジュリエッタとダッベルトットゥを見て、ホフマンは自分がもてあそばれたことを知り、その場を去る。
第3話は、ミュンヘンの美しい歌姫アントニアとの恋。アントニアは胸の病にかかっていて、これ以上歌うと命を失うといわれている。ホフマンもアントニアに歌うことを禁じるのだが、不気味な医師が現れてアントニアに歌を勧める。
ホフマンと医師が争うのだが、この医師は実は魔法使いでもあって、術を使ってアントニアの亡き母を呼び出し、その母がアントニアに歌わせる。最後の歌を歌ったアントニアはその場に崩れて死に、ホフマンの恋もまた終わる。
こうして3つの悲恋は終わるのだが、通してみるとやはり単なる酔っぱらいのほら話にすぎない。
こんな大ぼら、駄ぼらがなぜオペラになったのか。それを知るには当時のヨーロッパ、特にドイツにおける時代背景を知ることが必要だ。そのころドイツは一種の外国旅行ブームで、多くのひとがイタリア、ギリシャなどに出かけていた。ゲーテの「イタリア紀行」もそのころだ。といっても外国に行くことができるのは貴族や金持ちの子弟に限られており、多くの庶民は外国帰りのエリートの話を聞くか、旅行記を読むしかない。
だが中には外国など行ったこともないのに、行ったふりをして自慢話をする輩もいたらしく、そんな連中の話はどうしても荒唐無稽になる。ホフマンのように。
と、他愛のないほら話オペラではあるが、さすがにオッフェンバッハ、数々の名曲がちりばめられている。ことにジュリエッタとホフマンの二重唱「なんという喜び」アントニアのアリア「山鳩は飛び去った」は、オペラから離れても名曲といわれているし、オランピアのアリア「小鳥は歌う」は、美しいアリアの途中でぜんまいが切れかけてスローダウンし、ぜんまいを巻くと再び元気に歌い始めるという、超高難度の歌唱法を見せてくれる。
日本では「ホフマンの舟歌」ばかりが知られているのはいささか寂しい。
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