佐山 透(さやま とおる)ドットコム

羽仁未紗のVIVA OPERA  Ⅱ-1

  Lohengrin

Lohengrin

 

Lohengrin

再開の第1回にワグナーの「ローエングリン」を選んだことには自分でも驚いている。なぜならオペラファンを自認する私たちではあっても、その傾向はイタリアオペラかフランスオペラ、せいぜい幅を広げてもモーツアルトの作品で、まったく異質ともいえるワグナーにまでは及んでいない。
Lohengrinオペラがたとえ政治的、民族的なメッセージを備えているにしても、その底に流れるものは優れたエンターテイメントでなければならないと考える私たちにとって、ワグナーはあまりにも重いしパワフルであり過ぎ、押しつけがましい。ラテンな感性に近づきたいと思う私たちに、ドイツ的、ゲルマン的ヴァイタリティは、つまるところ暑苦しいのです。
Lohengrinそこには、ヴィスコンティの長大な名作映画「ルードヴィッヒ」に描かれたワグナーの存在のあまりな傲慢さ高慢さ、さらにいえば狡猾ぶりに辟易した気持ちもあるかもしれない。

しかし、それでもリヒャルト・ワグナーを無視することはできない。Lohengrinドイツというオペラ極北の地にあって、「ジンガーマイスター」といった他愛もない民話を恐る恐るといった感じでオペラ化するかと思えば、「サムソンとデライラ」「さまよえるオランダ人」「ローエングリン」「タンホイザー」「ワルキューレ」などの分厚い作品、Lohengrinついには通して観るには4日間はかかる「ニュルンベルグの指輪」連作まで、観る者をぐいぐい引っ張っていくその力技には圧倒される。ワグナーの、これが新の芸術だ、ありがたがれ、的なオペラがヒトラーの心を捉えたのもわかるし、怖いもの見たさでつい観にいってしまう自分の弱さにもうなずかざるを得ない。

いまもまた世界各地で、ワグナーはひとびとを恐れおののかせている。

 

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