

長い一日は、早朝の片づけから始まった。
ニューヨークに移ってもそのまま使うものは、すでにトラック便で送りだしていたし、大きな家具調度の類は、私たちと入れ替わりにこの家に住むことになるスライバー一家のために残していくので、ただ掃除しておくだけでいい。
私たちとしては、その朝まで使っていた洗面具、化粧品、パソコンといった身の回りの品々をスーツケースに入れて持ち出せばいいのだが、それでも当日の朝にならなければできないこともいくつか残っていたのだ。
まずミンミンの大きなトイレ。これは飛行機で持っていくわけにはいかないし、ニューヨークのアパートメントには、もっと大型の新品トイレがすでに設置されているから、匂い残し用のわずかな砂と、旅の途中で必要になるかもしれない少しの食糧だけを袋に入れて持っていく。つまり古いトイレと砂などは捨てていく。
さらに、トラック便を送りだしたあとに生じた不用品、ごみ。ワインの空きビン、ビールの空き缶、スーパーマーケットで買ってきたマイクロウェーブでチンして食べたいくつかの料理、数の揃っていないグラスや食器のいくつか。そうしたものはまとめて大きな袋に入れて、ガレージの前に出しておく。
それを、朝の9時にラ・キンタ市清掃局の車が取りにきてくれることになっているのだが、無料サービスではないので、立ち会って小切手を切らなければならない。なにかとルーズな、多分メキシカンの係員が、時間通りに来てくれるか、それが心配だったが、その朝は奇跡的に時間ぴったりにきてくれた。申し込みのときの電話で、うるさいほどに念を押したからかもしれない。
私がそうしたごみ出しや、支払いをしているあいだ、未紗は家の中の見回り。何度もチェックしたはずだったのだが、
「こんなものが落ちてたわよ」
と、書斎のキャビネットの中から、保存原稿の入ったフロッピーディスクを見つけ出したり、
「あったーっ!」
なくなったと、とっくに諦めていたイヤリングのかたわれが現れたり、いくつかの収穫もあったようだ。
そうしたさなかにあるできごとが起こった。
庭に出たミンミンが帰ってこないのだ。
見回りチェックの一環として、未紗は庭に出て、プールサイドやその両側の柑橘類の樹々、家屋の周囲の通路などをチェックしていたが、そのときミンミンも一緒に出てしまったらしい。あとになって未紗は、ミンミンがついて出てしまったというが、実はわざと出したのかもしれない。
わたしたちは、また遊びに来るかもしれないけれど、ミンミンにとっては最後のパームスプリングスになるでしょう。生まれ育ったパームスプリングスの空気を、ラ・キンタの香りを、もう少し味あわせてあげたい。
そんな感傷的な気持ちで、すり抜けるようにドアから庭に出るミンミンを黙認したのではないだろうか。
そしてミンミンも、普段ならもうすっかりデザートの夏の暑さを迎えている庭より、涼しいエアコンの室内がお好みなのに、それまでの数日の私たちの動向から、やはり何かを感じていたのだろう、その日に限って外に出た。そして帰ってこようとしない。
持っていく荷物のすべては、ガレージの車のトランクに入れ、あとはミンミンのケージだけ、という形になり、
「ミンミン、行くよ。お出かけだよ」
「ミンミン、時間がないわよ。早くいらっしゃい」
「ミンミン、もう行くぞ。置いていくぞ。知らないよ」
さまざまな呼びかけにも、ミンミンの姿はない。
「本当にいなくなっちゃったわ」
「どうしようか」
こんなときに外に出したから悪いんだ。そんなこといってもしかたがないじゃないの。どうするんだよ。どうにかしてよ。時間がないだろう。もういいわよ、わたし、残るわよ。ニューヨークになんか行かないわよ。
と、意味のないいさかいが始まったそのとき、なんとミンミンが現れた。しかも、庭からではなく、もう二度と入ることのないはずの、家の反対側のマスターベッドルームのほうからミンミンがのっそりと歩いてきたのだ。
私たちの足もとに坐ると、両足を大きく前に伸ばして大きなあくびをしたところを見ると、どうやら寝室でぐっすり眠っていたらしい。
それまでのミンミンは、私たちの寝室にはなかなか入れてもらえなかった。過去にベッドの上に大きな水たまりを作ってしまったことが数回あったため、出入り禁止になっていたのだが、この朝は寝室のドアは開いているし、ベッドはフルオープンだし、で、すっかりくつろいでいたらしい。
大あくびのあとミンミンは、入り口が開いているケージの中に、自分からするりと入って、バスタオルの上で再び丸くなった。さ、早く行きましょう、といっているようでもあった。
もう帰ることのないわが家から、パームスプリングス空港まで30分。デパーチュアー・ゲート前で車を止め、未紗とミンミンのケージといくつかの荷物を中のロビーに運び込み、私だけが車に戻ってそのレンタカーの返却に回る。そこから暑い中を歩いて空港ビルに戻ってようやく搭乗手続き。
一応国際空港とはなっているが、メキシコやその他の中米国へのダイレクト・フライトが数便あるからそうなっているだけで、10年前に私たちが来たころには小さな地方空港。搭乗口も、鉄道駅の改札口のようにあっさりと開いていた。
いまはいくらか大きくなったゲートから機内預けのスーツケース類を送りこみ、探知機の前に並ぶ。
私のパソコンケース、未紗のハンドバッグなどが探知機を通り抜け、そのあとミンミンを入れたままのケージが通る。
警報機がピーっと鳴った。
係の若い空港職員が、ケージを覗き込んでいう。
「この猫を抱いて、もう一度通ってください」
私がミンミンをケージから出して抱き上げる。
逃げ出したら大変なことになる、と警戒したが、ミンミンは逆に私の胸にしっかりとしがみついてくる。大きな身体が、小刻みに震えていた。初めての空港、初めてのチェック。なにをされるのか、恐怖におののいていたようだ。
2度目の通過には、警報機は沈黙していた。
「このケージが問題ですね」
全体はプラスティックのケージで、四方を囲む窓もプラスティックと細い布ひものネットなのだが、屋根の取手のまわりだけに、補強のため金属が用いられている。そのことを私たちも初めて知った。
「どうしたらいいですか」
「どうしましょうか」
私と職員は困ってしまった。その金具は外せそうにないし、新しいケージに代えるにも空港に売っているわけがないし、街に買いに戻る時間など当然ない。
「困ったな」
「困りましたね」
そのとき、まったく思いがけない、予想だにしていなかった救いの神が現れたのであった。
「どうしたんだ」
私たちが頭を抱えているのを見て、カウンターの奥からひとりの中年男性がやってきた。制服から見ると、かなり上級の職員のようだ。
実は、と、若い職員が説明し始めたとき、その上級職員は私に気づき、笑顔でいった。
「テリーじゃないですか。猫を連れての旅行ですか。日本に帰るのかな」
確か、ジム・アンダーソンとかいったその人物は、PGAウエストでの私のゴルフ仲間にひとりだったのだ。
仲間といっても、約束をしてプレーしたわけでも、同じグループに入っていたわけでもなく、たまたまクラブハウスで一緒になり、
「おひとりですか。じゃ、ご一緒しましょうか」
と、数回一緒に回ったことがあるというだけの、ごく軽いゴルフ仲間、メンバー仲間。
だから私は、彼の正しい名前も、もちろん仕事も知らなかったのだが、彼のほうは覚えてくれていたのだ。メンバーには珍しい日本人で、近所に通年で暮らしていること、PGAウエストのクラブ誌に2回ほど登場したことなどで、印象が強かったのかもしれない。
いきさつを聞いたジム・アンダーソンンは、少し考えていたが、私の顔を見たまま、そして片手を若い職員の肩にかけて、笑顔でいった。
「私には、このケージのどこにも金属は見えないな。探知機の誤作動じゃないのかな」
若い職員も、ほっとしたようすでいった。
「そうでしょうね。先日も同じようなことがありましたよ」
私と未紗とミンミンは、こうして空港内に入って、搭乗ゲートに進むことができたのだった。
10年前はバスターミナルのようでしかなかったパームスプリングス空港も、そのころには立派に生まれ変わっており、空港ビルの2回通路から直接機内に乗り込むことができるようになっていた。
そのトンネルのような通路に入る前、私たちは2階の広い窓の前に立って、外に広がる滑走路を眺めた。
滑走路と、その向こうに広がる低い家並みとヤシの樹の群れ、さらに遠くに赤い岩肌をさらしているサンタローザ・マウンテンズ。パームスプリングスを象徴するそうした眺めが、眩しく輝く灼熱の太陽のもと明るく輝いていた。
ミンミンが生まれて、育ったパームスプリングスの、最後の眺めであった。
ミンミンがその景色を眺めていたかは、私にはわからない。

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