佐山 透(さやま とおる)ドットコム

WEEKENDLESS II - 7     

ゴルフはやっぱりアメリカン

 そうか。もう18年にもなるのか。日本を捨ててアメリカに渡る前には何度か、そして3年前に帰ってきてからも3回、と、このコースに出かけてはいるのだが、そのいずれもが世田谷からの短いドライブだったから、約束の30分前に家を出ても充分に間に合っていた。ところが今回は初めて遠いトヨスからなのでまるで時間が読めない。

7時ちょうどにショットガンでスタートだから、6時半には着いていなければならない。いや、その前にクラブハウスでアメリカンブレックファーストのサービスがあるというので、さらに30分前。家でトイレをすまさずに出かけることになるのでもう30分前。なんだかんだで5時半には着きたい。そうなると時間が読めないため、4時半には出発か。1時間で着くだろうか。

というわけで、目覚ましアラームを4時にかけてはいたが、気になってあまり眠れず、もっと前には起きてしまった。つまりほとんど徹夜状態で車を走らせていったことになる。

それにしても全員そろって7時スタートとは、なんたるコンペであろうか。ゴルフ合宿ではあるまいし。

などと文句をいいながらも、それでも喜んで出かけていくのは、このコースが魅力的で、ここでのプレーが楽しいからに他ならない。

多摩ヒルス・ゴルフコース・ジャパン。

ジャパンとわざわざ打っていることでもおわかりだろうが、日本のコースではない。いや、もちろん日本にあるのだが、日本人のためのコースではない。もっと正しく名称を見てみようか。

Tama Hills Golf Course of United States Air Force

ゴルフはやっぱりアメリカン在日米軍の横田空軍基地のに属する、軍属とその家族、関係者のための極めてプライベートなコースなのだ。最近はいくらか開かれてはいるようだが、昔はよほどのコネクションがなければプレーはもとより、入ることさえ難しかった。私が何度かプレーすることができたのは、来日したアメリカ人プロゴルファーや、友人のアメリカ人ジャーナリストと一緒だったからで。いまも当時の厳しさのままなら、こうしてコンペに参加することもできなかったはずだ。

このコンペこそ、多摩ヒルスが外部に開かれてきた証拠のようなもので、いまでは年に4、5回、100人足らずの日本人を招待して、このようなチャリティコンペが開催されている。チャリティの名目はさまざまで、基地内の設備の大改修とかフェンスの取り換えなどちょっとした費用の捻出目的。今回は基地内のハイスクールが卒業シーズンを迎え、卒業生たちの盛大なパーティの経費を作るというのが理由だった。参加費は1万5000円だが、ブレックファーストとプレー後のステーキランチなどがサービスされるので、1万円程度にしかならないだろう。100人近くも招かなければ予定額が集まらないわけだし、それほどの大人数なので、いくらショットガンスタートにしても、午前と午後の2回に分けなければならないのもわかる。午前の部に招待された私たちが7時スタートというのも仕方がないことなのだ。と、主催者に代わって弁明したところで、コースに着いた。

あれ、こんなに早く着いてしまったよ。

1時間以上はかかると踏んだのに、早朝のレインボウブリッジには車の影もなく、首都高速もすいすい。4号線、中央高速に入っていくらか併行車が増えたものの、稲城大橋で出てコースまで5分。なんと自宅から30分と少しで着いてしまった。へぇ、東京って狭いんだ。午後の部はこうはいかないだろうな。

同じように早く着きすぎたひとがずいぶんいるようで、免許証のチェックを受けてフェンスの中の駐車場に入ると、もう何台もの車が並んでおり、ゴルファー男女が立ち話で盛り上がっている。みんなうれしくて仕方がないんだな。

私もそんな中に車を寄せて、トランクのバッグを降ろし、バンパーに足をかけてシューズを履きかえる。あ、そうだ、その前にクラブハウス前に行ってカートを借りてこなければならなかったが、ま、いいか。

ゴルフシューズに履き替えて、大きく伸びをして、両腕をぐるぐる回し足り、四股を踏んだりと、かなりいい加減なウォーミングアップ。自分がにこにこしているのがわかる。いいなぁ、こんなの。

ゴルフはやっぱりアメリカンゴルフをするのがうれしいのではない。この1年ほどほとんどプレーしていないものの、私ほどのベテランゴルファー、古だぬきになれば、ゴルフができることくらいでは喜びません。いや、それもいくらかはあるが、なによりもこのようなコースでプレーできることがうれしく楽しみなのだ。

駐車場で自分でバッグを出し、その場でシューズを履き換え、軽く準備運動。当たり前のようでいて、こうしたことができるゴルフコースは日本には少ない。

ほとんどのコースは、茶摘みか農作業といった不思議なユニフォームの女性キャディや、似合わない紺ブレザーの男性従業員がずらりと並ぶ正面玄関前に車を寄せ、みんなの最敬礼を浴びてバッグを降ろしてもらい、駐車場には自分で行くが、そこでブレザーかジャケットを着込んでハウスに入ってチェックイン。さらにロッカールーム。棺桶のようなロッカーの前のベンチに坐ってシューズを履きかえ、階段を上がって食堂に行き、ようやく仲間と出会うという面倒くささ。

私が日本にいたころ、ゴルフに関するものを多く書いていたにもかかわらず、そして自分もメンバーコースの一員であったのに、それほどゴルフに熱中していなかったのは、このような日本のゴルフ場の面倒さ。年寄りくさい形式主義、田舎っぽい権威主義。それがいやだったためだ。

アメリカに移ってパームスプリングスで暮らすようになって、初めてゴルフに本気になったのも、あちらには、PGAウエストという超有名、名門コースでさえも、そのいやらしさがかけらもないからだった。

ゴルフはやっぱりアメリカン駐車場からバッグを担いでカート置き場まで行く。顔見知りのメンバー、従業員、初めて見る顔。みんなと「ハーイ!」、あいさつを交わし、カートを運転して1番ティボックスへ。キャディのおばさんなんかいません。あとは勝手にコースに乗り出していく。ゴルフに燃えていたのはパームスプリングス10年間のうちの4年ほどだったが、楽しかったな、といまでも懐かしい。

その楽しさが、この多摩ヒルスではよみがえってくるではないか。

ひと足先にクラブハウスに上がって、ベーコンにスクランブルドエッグ、マッシュポテトといった絵に描いたようなアメリカン朝めしを食べていて、パームスプリングス時代に知り合ったある日本人を思い出していた。

Mさんとしておこう。日本でやっていた会社をつぶしてだか乗っ取られてだかで、一家でアメリカに逃げてきたといういささかわけありのおじさんだったが、そのひとがいった言葉。

「日本のゴルフ場のほうがよほどしっかりしていますな。駐車場でスパイクを履くなど、日本じゃよほど貧しいひとか服装の悪いひとしかいませんよ。第一こちらには風呂場もない。日本で私が入っていたゴルフ場には温泉も引かれていましたよ」

それを聞いて、日本を離れてよかったとつくづく思ったものだ。

食後の紙コップのコーヒーは、いうまでもなく金魚も泳げるほどのアメリカン。これも妙に懐かしい。私のアメリカ、カリフォルニアは、古き良き時代なのか。ヨーロッパのような感傷が付きまとわないのも帰ってさわやかでよろしい。

ゴルフはやっぱりアメリカンとこうするうちに本日のお仲間がやってきた。元「ゴルフダイジェスト」誌の有名記者、現在はフリーのゴルフレポーター、久保田千春さん。これも元「東京スポーツ」の遠藤淳子さんはいつの間にか結婚して小川淳子に変わっていた。やはりフリーのゴルフライター。そして20年前は可愛かったアシックスのゴルフ担当、薬師寺なんとか嬢。嬢でいいんだろうな、まだ。

3人はしばしば会っているようだが、私に合わせて20年前の話題を探してくれる。いいな。昔の仲間は。おじさん、ひとり満足のていでありました。

ゴルフも、やっぱりいいな。最近はアメリカ資本が入って、日本にもこのようなアメリカンスタイルのコースができてきているそうだ。毎回多摩ヒルスというわけにはいかないから、そうしたコースを見つけてメンバーになってみようか。

で、この日のゴルフの内容だが、そんなことはどうでもよろしい。スコアにこだわる時代はとっくに過ぎているのであります。

ゴルフはやっぱりアメリカン

 

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