佐山 透(さやま とおる)ドットコム

WEEKENDLESS II - 6     

門跡寺院の尼さんのため息か

多分どこかの旅行代理店が送ってきたものだろうが、春から初夏にかけての国内旅行を特集した分厚いムックに面白い文章が載っていた。

その手の特集の定番ともいえる京都ガイドの中、数々の名所旧跡やおいしいもの店の紹介に混じって、ある大学の先生というか、いくらかは名の知れた文化人ともいえる某氏が一文を寄せている。

『この素晴らしい季節には、あまり観光客の訪れない静かな門跡寺院がお勧めだ。中でも私のいちおしは詩仙堂。』

おや、と思った。おかしいな。こちらが間違えているのかな。

この先生はさらに続けてこう綴る。

『静かな庭園の中の、男子禁制の世界にあって、悲しみを祈りにかえる平安の女人の深い吐息が聞こえるようだ。』

一見美しい、もっともらしい文章をここまで読んではたと気づいた。このセンセイ、大きな過ちを犯している。しかもダブルで、トリプルで。

まず、詩仙堂。ここは門跡寺院ではありません。

詩仙堂は一乗寺の中にあって、平安の頃、石川丈山の隠棲の地として知られ、静謐な庭園で有名な建物だが、第一寺院ではないし、まして門跡寺院では決してない。しいていうなら、隠居所、別荘。

これが第一の間違い。

さらに、“男子禁制”“女人”ときて、このセンセイ、なにもわかっていないことがわかる。詩仙堂を門跡寺院と勘違いしただけならまだしも、門跡寺院そのものについての無知。

門跡寺院は尼寺とは違います。皇族や公家の子弟などが住む特定の寺院のことを門跡寺院といい、そういうひとも少なくはなかったにしても、必ずしも出家する必要はない。俗人のまま門跡寺院の主であったひとの数は多い。

そして、門跡寺院の主は女性とは限らない。というかむしろ男性のほうが多かった。だから『悲しみを祈りにかえる平安の女人の深い吐息』というきれいな文章はただひとりよがりのヨタ。

門跡寺院の尼さんのため息かこんな恥ずかしい文章を書く文化人センセイ。よほど名前も明かしてやろうかと思ったが、いまは当然誰かにいわれて死にたいほどの思いに責められているだろうし、明日は我が身、の不安もなくはないし、ということでやめた。ものを書くということは、恐ろしいことでもあるのです。反省。

というわけで、と、少しも話が繋がらないけれども、上野公園のはずれにひっそりと建つ芸大美術館、正しくは東京藝術大学美術館に出かけてみた。

この大学付属の美術館。その存在は知っていたが、おそらくはアカデミックな研究施設か、排他的な資料館的なものだと思い込んでいて、これまで訪れたことはなかった。

門跡寺院の尼さんのため息かだが、ここで「尼門跡寺院の世界」という変わった美術展が催されていると知り、いま紹介したばかばかしい文章の記憶もあって、いったいなにを見せようとしているのか、と、足を向けてみたというわけだ。もしかした、ここには私がばかにした「悲しみを祈りにかえる平安の女人の深い吐息」があるのかもしれないな、と。

建物の3階と地下1階という不思議な配分でこの美術展は続いているが、そのほとんどが奈良、京都、稀に関東に点在する尼門跡寺院が長年保有してきた美術品、彼女たちが実際に身につけていた衣類、てづから作った刺繍やおもちゃ、遊び道具。そうしたものが結構びっしりと並べられており、珍しく、いくらかは面白く、頷くことも少なくなく、思いがけず充実の2時間を過ごしたのであった。

まだまだ知らないこと、勉強したいことがたくさんあるものだ。

 

長いあいだ生きていて、数え切れないほど各地の寺院仏閣を訪ね、拝観し、鑑賞してきたつもりだが、ここに来て知らなかったこと、そうなのかと思わされたことは多い。

門跡寺院の尼さんのため息かこの美術展の冒頭に中宮寺の所蔵品がいくつも並んでいたが、奈良の中宮寺は聖徳太子が建立したもので、そのために斑鳩御所と呼ばれていることは知っていた。だが、実は聖徳太子はこの寺院を母の隠居所として建て、母があえて出家してここに入ったとまでは知らなかった。まさに尼寺。

門跡寺院の尼さんのため息か ここには、国宝の天寿国繍裂(裂、は、はぎれ、だろうが、あとはなんと読むのか)や、重要文化財に指定されている舎利包紙、なんと釈迦の遺骨を包んだ紙などが展示されている。北イタリアのトリノで見た、磔になったキリストの遺体を包んだ布、聖骸布を一瞬思い出した。こんなにさりげなく並べていいのか。

法華寺では、灰と土と紙で丁寧に作られた御守犬という小さな愛玩犬の置物。悲しみを祈りにかえた平安の女人が“お守り”にしていたのかな。しつこいな。

隣に同じように作られた男の子の人形は“這い這い”と名付けられ、微笑ましい。法華寺は確か天平の昔光明皇后が開いた寺院であるはずだから、この“這い這い”は皇后がかつて生んだ皇子の面影をとどめているのか。小さな座布団があどけない。

さらに京都嵯峨にあって“竹の御所”とも呼ばれる曇華院。十一面観音像でも知られており、昔訪ねたことがあるが、ここが尼門跡寺院だとは知らなかった。ふーん。

門跡寺院の尼さんのため息か千本閻魔堂の光照院は、わかりやすい尼寺。漆絵がきれいな貝合わせの貝を並べており、さらに漆が見事な散華もたくさん揃っている。供養のために撒く花びらを散華というが、埋葬とともに消えてしまうはずのものだから、これほど手の込んだ散華を受けるひとはよほど位の高いひとか、位の高いひとに愛されたひとに違いない。

まだまだいくらでも書きたいが、私の知識ではこの程度でせいいっぱい。あとは帰ってから調べるよりないが、そうまでするのはこのページの趣旨に反するし、最初に嗤ったセンセイの二の舞もいやなので、ここまで。
ただ、やはり気になる。

美術展のタイトルにも堂々と“尼門跡”とあるが、このようないい方を果たしてしたのか。こんな言葉があるのか。さらに、このタイトルに添えて“A Hidden Heritage”とあるが、隠された遺産? いいのかなぁ。

「尼門跡寺院の世界」展の別室で常設展が開かれていたが、なにしろ初めてここに来た私にとっては常設でもなんでもない。遠くにとめた車の心配をしながらざっと歩いてみたが、ここにも来てよかった。

国立とはいえひとつの大学が経営展示しているので、はっきりいって金のかかるものはあるまいと思っていて、その予想は当たったが、それでも、へぇ、これがここにあったのかとの驚きはいくつかあった。

門跡寺院の尼さんのため息か藤島武二「池畔納涼」は明治末期に描かれ、日本の西洋画に大きく貢献した作品であろうし、原田直次郎「靴屋の阿爺」はそれよりさらに十数年前のものとは思えないほど新しく感じられる。明るいレンブラントかブリューゲルか。

ま、知ったかぶりはここまで。間違っていても責任は負いません。

でも、犬も歩けば、か。観てよかった、ものは世の中にあふれていますな。

 

門跡寺院の尼さんのため息か

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