


いまだ道半ば
半年余りものあいだガーデニングの雑誌を眺め、こうなったらいいなと南ヨーロッパの庭の写真などを研究し、独立したばかりの新進気鋭のガーデナー、庭工房の鈴木信吾とも幾度も話し合ってようやく出来上がったのが、広く買い増ししたわが家の新しい庭であった。
L字型の庭の道路に面した際は、道よりいくらか高くなっているので1メートル弱の低い白木のフェンス。その内側にはイタリアの糸杉を想定したコニファー(常緑樹、針葉樹)を並べた。
そして空き地のままでいる隣家とのあいだには少し直角に白木のフェンスが来て、そこから内側はやはり背の低い鉄のフェンスで囲んだ。隣に建つはずの家の、そのあたりが玄関になりそうなので、どのような境界にするかはお隣さんを見てからの判断ということにし、それまではクレマチスなど花の咲くツタ系の植物を植えておく。
そうして周りを開放感のあるフェンスで包んだ庭には、クレマチスを始め、さまざまな花の草を植え、季節季節、いつもなにかの花が咲いている姿にした。
これでよしと思っていたところ、うちのアンポンタンのプー助、正しくはプーリーが低いフェンスから見える裏の家の人影に実に几帳面に反応して、ひとが現れるたび、あるいはこちらに向いて開いているガラス戸の中に誰かが見えるたびにけたたましく吠えたて、啼き喚く。
決して縄張り主張のバウイングではなく、遊びましょう的な子供っぽい挨拶なのだが、飼い主としてはうるさくて仕方がないし、吠えたてられるお隣さんにも申し訳ない。
そこで仕方なく、作ったばかりの鉄フェンスの外側に、薄い人工芝のような緑のカーテンというかシートを貼った。これなら裏のようすは見えにくいし、風も通って植物に影響もない。
少し予定とは違って、ベストではないがベターではあろうと、まずまずの庭が完成した。あとは草花が根付いて、秋の花々が鮮やかに開いてくれるのを待つばかり。そう思い、そのときを楽しみにする気分だった。
ところが、
というところまでは前回に書いたが、ようやく出来上がった自慢の庭が、ひと夜にして全滅、壊滅するという事態に至ったのだ。
台風12号。
いつになくもたもたし、蛇行斜行を繰り返しながらやってきた台風は、名古屋あたりから上陸し、東海、関東を直撃。しかも通り過ぎるというより、停滞、居座って、30メートル、40メートルの雨風を叩きつけ続けた。
家鳴り震動、窓をたたき、庭の木々を虐げ続ける暴風雨の行き過ぎるのを待ち、その天災の通り過ぎた翌朝、私たちの目に飛び込んできたのは、いく度もいうように変わり果てたわが庭の姿であった。
考えた末にとりつけた緑のシートはフェンスからはがれ、破れ、ちぎれ、ぼろ布のようにぶら下がっていた。
緑鮮やかだったコニファーの木々は、内側から見て左半分、つまり海側が黄色にも見えるまっ茶色。御用邸の上を越えて殴りかかってきた潮風、海水で、たちまちにして枯れてしまっていた。中の2、3本は強風に虐げられて根元を浮き上がらせてさえいる。
草花はもっと惨めだった。いちいち説明するのも、観察するのも意味がない。完全にやられた。全滅。
なんたる殺戮であったことか。
私たちの庭は、わずか数週間の命であった。
根本的に作り直さなければならない。
台風のせいには決まっているが、われわれにも、もう少しなにかの対策はあったのではないか。
庭工房の鈴木信吾も駆けつけてきた。
そしてこの家を作ったスターホームの星武司もやってきた。
星武司がいう。
造った庭は確かに素晴らしかったが、そこに葉山という特殊性、立地の特徴が忘れられてはいなかったろうか。
海に近く、海を見下ろす低い高台にあり、しかも海とわが家のあいだにはなんの障害物、風をさえぎるものはない。隣の2軒はまだ更地のままだ。その先はぐんと低い建物。
そんなところに海からまっすぐ、海水をたっぷり抱いた風が、数十時間も吹きつけ、叩きつけられる。そこに植える植物は、これでよかったのか。
また、表面は砂地のようだが少し下は海岸特有の粘土質。クレマチスに代表されるようなヤワな、軟弱な草花でよかったのか。
ここは思いきって、湘南の地に詳しい、海辺の造園に強い、地元の専門家の意見を聞いてみるべきではないか。
こうして庭工房の了解を得て、葉山の隣町、秋谷に工房を構えるベテランガーデナー、庭創の高橋勇に相談、新たな庭づくりを頼むこととなった。
空き地側の白木、鉄製の低いフェンスは取り払い、2メートルほどの高さの白木フェンスで囲った。これである程度の風は防げ、そこに草花のツルが巻きつけば、犬が隣家に吠えたてる心配も少なくなる。
枯れて色変わりしたコニファーは、治療、養生しても回復しそうにないので、思い切って総取っ替え。
高橋勇がこと細かく樹木、花の草のリストを作ってくれ、写真も添えてくれたので、それでまたまた相談、打ち合わせ。
屋上に並べてあった8本の柑橘類の大鉢は、2本が倒れて割れてしまったので、それも含めてすべて下に降ろし、生かせるものは植え変えた。
庭の下地は、グラウンドカバー的に低いハーブなどを這わせ、そのあいだに季節ごとの青い花、白い花を咲かせる。
庭の道路側、フェンスの外側には1列にアガパンサス。夏には美しい青い花を並べる。
そして、高橋勇のアイディア。
庭の一番奥に、丈高いイチジクの木を植え、中ほどにはクリスマスツリーにもなる高い樅の木を。これにオリーブ、レモン、ラベンダーなどが加わり、庭には一挙にヨーロッパの風が吹き抜けることになった。
台風のおかげで予定外の数百万円。だが、いまのところ満足できる庭ができあがったのだから、災い転じて福、となったのかな。
それにしても、家とか庭というものは、できあがったと思ってもすぐには安心できない。台風などの天災も当然予想しておかなければならないし、そうでなくても必ずなにかの問題点が浮かび上がってくるものなのだ。
わが家も、まだそうですよ。
これは設計ミスというより、不注意とでもいうべきことだが、デザインするときに、ひとつの建物としての出来栄えばかりを考えて、隣との兼ね合い、地形的なことなど、つい忘れてしまう。
風の通り道もそう。
そしてたとえば、
わが家の1階の奥、キッチン・パントレーの窓。2階寝室奥のウォーキング・クロゼットの窓。これは季節を問わず開けることがない。できない。なぜなら、その窓を開けると2メートル先にお隣さんチの窓。隣の家族がご飯を食べていたり、テレビを見ていたりする。この窓はいらなかったか、別のことを考えるべきだった。
屋上は、センターにしっかりしたパーゴラ(あずまや)を置き、そこのテーブルから御用邸の庭の緑、相模湾の海、はるか遠くに富士山も見え、ナイスなロケーションなのだが、うしろを振り向いたらいけない。そこにはお隣の3階の窓が口を開けている。じっくり見たことはないが、どうやら子供部屋か寝室か。
気分のいいお隣さんなので、あるときその窓から、
「こんにちは」
のご挨拶をもらってあわてたものだが、やはりこれも失敗のひとつだろう。
もうひとつ。
庭と反対側は道路に面してゆるやかな曲線を描く壁面で、そこに大型客船のような小さな窓をいくつも並べた。
小さな四角から、中の灯りが点々と流れ出て、外から見ても素敵だろうなと考えたのだが、このいくつもの窓のスライディングシェードは常に閉ざされている。
窓の外、つまりうちの玄関の外の道はさらに上り坂になっていて、窓の高さが道の高さが一致する。寝起きのまま、風呂上がりのまま、2階の廊下を歩くと、外の道を下りてきたひととまっすぐ向き合うことになってしまうのだ。
だからこの家に入って1年間、この窓のシェードは降ろされたままなのだが、うーん、どうしようか。
グラスシートというものを貼って擦りガラスのようにする方法もあるというが、うーん、そうだ。思い切って小さな窓群をぜーんぶ、ステンドグラスにしてしまおうか。
と、またまた長々と愚痴ってしまったが、もうすぐ年が明けようとしているのに、わが“ゴヨーテー”には課題は尽きない。来年もこうして過ごしていくのかな。
よいお年を。
