
WEEKENDLESS II - 37
淳吉を覚えていますか。
半年余り前に、この場で紹介したあの小林淳吉。
昔からの友人のひとり息子で、過保護に育てられたせいか自由気ままに成長した。高校時代はプロのテニスプレーヤーになるといって九州のテニス名門校に進んだが、卒業後はスキーに夢中になり、年の半分は信州のスキー場に住みついていた。それがさらに進化したのか飽きたのか、今度はスノーボードに入れ込んで、信州よりはるかにパウダースノー度の高い北海道はニセコのスキー場に移ったのが数年前。
それまでのあいだアルバイトはしていたが、ほとんど親がかり。
私がアメリカから帰ってくるたびに、お前、いい加減にしろよ、と親に代わってお説教していたのだが、3年ほど前だったか、就職しました、という。
しかし内容を聞いて、なんだ、という感じだった。
それまで半分客、半分アルバイトとして滞在していたニセコのホテルに、正式に採用されたということだった。あまり変わってはいない。
しょうがないなと思っていたときに、遊びに来ませんか、といってきたのが半年前のこと。といって、多少の優待割引があるだけで、旅費やホテル代を出してくれるわけではない。それでも自分の少しはおとなになった姿を見せたいのだろうと判断して、北海道に飛んだ次第だった。
ニセコでは、当然淳吉の働くホテルに泊まり、ホテル経営の、これはなかなか素晴らしいリゾートコースといえるゴルフコースで球を打ち続けた。
そもそも淳吉をゴルフに引き込んだのが私だ。数年前、東京で会ったとき、アメリカから持ってきたものの、持ち帰るのが面倒なゴルフクラブを、お前さんもやってみなよ、とプレゼントした。それが淳吉を新しく熱中させ、夏場はすることのないスキーリゾートでの、またとない生きがいとなったようだ。
だから半年前も、私は責任上、淳吉と一緒に回って“あげて”、バンカーショットなどの高級テクニックを伝授して“あげて”、さすが上手ですね、などとほめ“させて”、すっかりいい気分になったものだった。
そのとき、淳吉がひとりの若い女性を紹介した。もう名前を書いてもいいかな。淳吉と同じホテルで働くかおるさんというその彼女と結婚したいという。
「ふたりとも給料はすごく少ないし、ここから離れる気もないから、ずっと貧乏するでしょうけれど、好きなところで、好きなことをして、好きなひとと一緒に生きていこうと思っているんです」
という言葉に、いささか酔っていたオジサンはすっかり感心して、よしよし頑張れよ。おじさんも応援して“あげる”からな、と“上から目線(いやな言葉だな)”で約束したのであった。
前置きが長くなったが、その淳吉がやってきた。自分の親が住む東京に来たのだから、帰ってきたというべきか、私のところに来たのだから、上京してきたというのか、要するに、淳吉が彼女を連れてきたのですよ。
私としては、ヨーロッパの長旅から帰ってきたばかりで時差ボケも去っていない。いくらかは迷惑でもあったのだが、半年前に、オーシ、東京に来たらオレンチに来い、と胸を反らせたこともあって、いきなり歓迎モードに突入した。
私の歓迎スタイルとは、手料理でもてなすこと。おい、手料理なんて安っぽいいい方をするな。本格的な料理人なんだからな。あ、自分でいったんだった。
淳吉とかおるさん、私たち。そして、4人だけでは、若者ふたりが疲れてしまうだろうから、もうひと組、いくらか若い夫婦も一緒に招待することにした。都合6人分の料理を用意することにする。
メニューを考える。
以前からヨーロッパ、とくにイタリアに行くたびに少しずつ買い集めてきた料理ブック。イタリアやフランスのレストラン、田舎料理の店などで、気になったレシピをメモしてきたノート。そんなものを開いてあれこれ考え、大体のイメージができたところで買い出し。
2か月も留守にしていたため、わが家は食材不足に陥っていた。ちょうどいいや、と当日のため以外にも買い揃えたので、車のトランクばかりか後部座席まで満員になってしまった。ワインを3種類、2ダースずつも買うなよな。72本だよ。駐車場から持って上がるのに、大きな台車を借りて2往復。キッチンが段ボールとショッピングバッグでゴミ置き場のようになっていた。
それはともかく、私の考えたメニューとは、イタリア料理とフランス料理の混交。それに料理ブックにも載っていない新規考案料理。あえていうなら、テリー風地中海大皿料理か。
攻めてくるテキが北海道からというのがプレッシャーになっている。シーフードも肉も野菜も内地よりうんとおいしいところだからな。しかし、あのふたりなら普段ろくなものを食べていないだろう、と勝手に判断して、ワタシ流で押し通すことにした。
全員揃ったら、まずグリーシーニ(イタリア直送だぜ)をポリポリしながらスプマンテ(イタリアのシャンパン、プロセッコともいう)で乾杯。淳吉たちはまだ結婚したわけではないから、おめでとう、ではなくメリー・クリスマス。
緊張と警戒心が解けたところで、プロシュート・メローネ(メロンの生ハム巻き)がアンティパスタ。十勝メロンにしたかったが、敵の土俵に上がらないように瀬戸内のマスクメロンを。だが、若いふたりは、生ハムを食べるの、初めて。メロンに合うんですね、などといっている。いつもなにを食ってるんだ?
お次はいきなりフレンチしてラタトゥーユ。洋野菜の煮込みサラダだが、玉ねぎとにんにくをたっぷりのオリーブオイルで炒めて、ズッキーニ、赤、黄、緑の大型ピーマン、洋なすなどをぶつ切りを放り込んで炒め、最後にトマトの水煮缶(これもイタリア直送品)をどさっと投げ入れる。水を入れなくても野菜から水分はたっぷり出るので、あとはぐずぐずと煮込むだけ。おしまいのころに塩(シチリアで買ってきたもの)、黒胡椒、輪切りにして種を取った唐辛子を少し、乾燥ハーブ(今回はローズマリー、タイム、パセリ、オレガノ、タラゴン、ディル)をたっぷり振りかけて火をとめ、あとは冷やすだけ。前日の夕方に作って、大鍋のままテラスに出しておいた。
このラタトゥーユが冷えた白ワインに合うんだな。
野菜が続いて、シーフードサラダ。これは簡単。
ルッコラ(ロケット草)、ベイジル(バジル)、エンダイブ(チコリ)を中心にして、ちぎったレタスと混ぜて大きなボウルに山盛り。その上に刺身売り場で買ったイカ、タコ、ホタテ、茹でた小海老、トリ貝を張り付けるように並べてテーブルに。そこにヴァージン・オリーブオイルに白ワイン・ヴィネガーをシェイクし、みじんに刻んだアンチョビを混ぜたドレッシングを回しかける。アンチョビの塩分が濃いので、塩コショウはいらない。
次はシーフードつながりで、鯵のマリネ・デュピオ(ダブル・マリネ)。小鯵を10尾。3枚におろして内蔵、頭、小骨を取っておく。軽く塩を振って数時間。水分を拭き取ってバルサミコ・ヴィネガーを回しかける。普通はここで終わりだが、私はそれを天板にきれいに並べてオーブンでさっと焼いた。
軽く焼けめの付いた鯵を皿に並べ、今度は白ワイン・ヴィネガーを振りかけ、細かく刻んだイタリアン・パセリを振りかけ、テーブルに出す寸前にパルメジャーノ(パルメザン・チーズ)をおろし金でまぶしかけておしまい。2種のヴィネガーが混ざり合い、競い合って味の幅が広がる。
おじさん、おばさんだけならこれで充分なのだが、若い連中にはやはり肉かな。ということで、私はこれをフィレンツェのレストランで習ったからトスカーナ風といいたいが、本当はサルディーニア島の料理。そして,サルディーニアではワイルド・ボア(イノシシ)を使うところ、宮崎牛のいいのが手に入ったので、牛のリブ肉にした。つまり朝鮮焼き肉のカルビ。
このカルビのカット肉をおろしたにんにくと赤ワインにひと晩漬けておき、みんなが野菜やシーフードを食べ終わってからおもむろに焼く。というより、大きなフライパン(シナ鍋でもいい)でじゃーっと炒める。もちろんオリーブオイル。味を見ながら塩コショウ。私はイタリアン・シーズニングで決めた。
大皿の中央に塩ゆでした小さなソラマメ(イタリア食材店に冷凍物がある)を山盛りし、その周囲に炒めた肉をドーナツ状に盛り付け、ドーンとテーブルへ。歓声が上がった。
なに? まだ足りない? はいはい。考えてますよ。
やはりイタリア食材店で入手したフェニッキ(英語ではフェンネル)の冷凍ものをヴィネガーを加えた水で茹でる。
フェニッキは本来、葉、新芽を乾燥させてハーブとして使うが、こうして白菜のような根っこの部分も食べる。といういい方でもわかるだろうが、水っぽく、柔らかく、それでいて筋っぽい野菜の塊のようなもの。ほとんど味がないので、ラグー・ボロネーゼ(パスタのボロネーゼ・ソースと思ってくれればいい)をかけた。
なぜこれを出したかといえば、私としては日本食の最後の雑炊か白いご飯をイメージしたからだ。
という風に、おじさん苦心の創作料理、みなさん、おいしいおいしいと食べてくれた。お世辞ではないようでしたよ。だって、普通なら10人前ほどの量が完全になくなったのだから。
もちろん、ワインも大いに売れた。
スプマンテから始まって白ワイン2本、赤ワイン3本。皆さんかなりいい気持ちのよう。
あとはデザートに3種類ほどのチーズにイチジク、レモン、オリーブと、これも3種類のジャムを添えて、それにエスプレッソ・コーヒーかな、と考えていたのだが、淳吉のやつ、
「グラッパって、どんな酒ですか。ぼくはまだ飲んだことがないんです」
だって。コノヤロ、俺のワインラックを覗いてきたな。
うちのグラッパは、いいよ。私だってもったいなくてなかなか飲まないくらいのものだ。でも、ま、飲んでみるかい。
で、淳吉にグラッパ、かおる姫にはリモンチェッロ(レモンのリキュール。ナポリ製で甘くて強い)をソーダで割って。
御一行さんが帰ったのはすでにして深夜。わが家のリビングには、食べ尽くした皿の山とグラスの林立。陽気な語らいと笑いがいつまでも残っていた。
淳吉、かおる姫、幸せになれよ。

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