佐山 透(さやま とおる)ドットコム

WEEKENDLESS II - 33   

ヴェネツィア人のように

子供のころはともかくとして、おとなになってからホームシックには無縁だった。というより、ホームがどこにあるのかわからないような生き方を続けてきたので、ホームシックに罹りようがなかった。

そんな私でも3週間もパリに滞在していると、そろそろ日本に帰ろうかな、といった気分になってきたのだが、そんなときあるきっかけからヴェネツィアに行かなければ、と思うはめになり、前回書いたようなとんでもない苦労をしてヴェネツィアにやってきてもう1週間。

4年ぶりにヴェネツィアの空気の中にいると、パリで感じた“帰ろかな”モードはおかしなほど雲散霧消。ずっとヴェネツィアに住んでいたような、これからも当然ここで暮らしていくような生活者気分になってくる。やはり私には“ホーム”ない。

ヴェネツィア人のようにこのようにヴェネツィアに溶け込んではいても、そもそもこの街に来るきっかけになったのが、ティントレットの巨大絵画を改めて見直したいという思いだったので、着いてからの数日はティントレット巡りに明け暮れた。

ずぶぬれになって到着した翌朝には、早速アッカデミア美術館とサンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会、そして幾度観ても息を呑むティントレットの超巨大な絵が、広大な壁面と天井を埋め尽くしているサンロッコ大信徒会を訪れて、全身ティントレットに染まる洗礼を受けたものだった。

だが、もうこれくらいでいいだろう、とならないのがティントレットの凄いところで、どんなに疲れてもひと晩寝るとまだ観足りない気持ちになっていて、前夜のワインの重い酔いの名残りを抱えたまま再びティントレット、となってしまう。

ヴェネツィア人のようにというわけで、アッカデミア美術館、サルーテ教会、サンロッコは重ねて訪れたし、ほかにもティントレットの作品を求めてずいぶん歩いた。建物自体が観光名所のドゥカーレ宮にも、ティントレットの珍しくいかにも宗教画といえる2大作「最後の晩餐」「ゲッセマネのキリスト」のふたつが揃うサント・ステファノ教会にも行った。

しかし、いま振り返った教会、宮殿の数々には、いまひとつ気ぜわしさが残るのだ。静かな心でティントレットに向き合うことが難しい。

はっきりいって客が多すぎる。観光名所過ぎている。11月初旬という、ヴェネツィア1年のうちでも最も過ごしやすい時期でもあるため、ヨーロッパ各地、アメリカ、もちろん日本、さらにはシナや南朝鮮からの客たちが、ほとんどが数人、あるいは十数人群がって賑やかに歩き回っている。自分もそんなひとりだと自覚しながら、いや、自覚すればするほど、その場から逃げ出したい気持ちになって、じっくりと鑑賞していたい思いとのジレンマに苦しめられることになる。

そんなとき私が訪ねるのがサンタ・マリア・フォルモーザ教会だ。

ヴェネツィア人のようにこの教会はヴェネツィアの中心部、カステッロ地区にありながら、明るいラグーナが眼前に広がるサン・マルコ広場の反対側、小さな町工場や多分貧しいひとたちのアパートなどがひっそりと立ち並び、ヴェネツィアの繁栄から取り残されたような一帯だ。

ヴェネツィアの裏側、ファンダメンタ・ヌオーボといわれるところだが、 “新しい河岸”という呼び名とは逆に7世紀にはもう埋めたてられていた人口土地。ヌオーボ新しい、というのは最初ではないといった程度のことだろう。

ここ2、3年、新しもの好きなデザイナーのブティックなどができているとはいうが、歩いていてもそれらに出会うことはまずないし、観光客の姿もまったくといっていいほど見ない。

私がここを発見したのは10年以上前のことだが、それ以来、ひとの渦に疲れたときには抜け出してファンダメント・ヌオーボ、そしてその閑散のなかにぽつんと建っているサンタ・マリア・フォルモーザ教会にやってくる。

ヴェネツィア人のように7世紀に建てられ、12世紀に改築され、15世紀末には大改装。初期ルネッサンス様式の代表ともいわれるこの教会が、いつ来てもひっそりと静まり返っているのが不思議だが、多くの観光客がここに気づかないことを願わずにはいられない。

この日も私は、重い扉をそっと押し開いて、聖水盆に指先を添えて薄暗さの中に入り、祈るひとの姿もない長椅子の端に坐る。

目が慣れてくるにつれて、正面の祭壇に掲げられたパルマ・イル・ヴェッキオの「聖バルバラ」、バルトロメオ・ヴィヴァーリーニの3連画「慈悲の聖母」がゆっくりと浮かび上がってくる。どちらもルネッサンス初期の作品なので、ティントレット、ティツィアーノのような洗練、ダイナミズムには遠く及ばないが、その素朴さの中にかえって熱い信仰心が感じられ、これはこれで大いに素晴らしい。疲れた心を癒してくれる。

初期ルネッサンスの中で小1時間過ごして外に出ると、貧しげな街並みはやはり静寂を保っていた。

そろそろ黄昏どきなのに、秋の太陽は眩しいほどに明るく、時折通り過ぎる風ははっとするほど冷たい。  ヴェネツィア人のように風を正面に受けながら、北の海辺に出た。ファンダメント・ヌオーボ。倉庫ばかりが立ち並ぶ河岸にひと影はなく、海に面して冷たさを増した風だけが吹き抜けている。つい3時間ほど前、中心部のひと混み、喧騒に汗ばむほどだったのが嘘のようだ。

風の中に立ち尽くして海を眺める。沖ともいえないほどの先に周囲を石の岸で囲まれた、小さく平坦な島が浮かんでいる。サン・ミケーレ島。島全体が墓地という死者の島だ。いま明るい夕方の陽ざしに、それでもやはり死んだように眠っている。

突然思い出した。

 

8年ほど前のことだった。ニューヨークに住んでいてヴェネツィアにやってきた。だが、ヴェネツィアの前にピエロ・デッラ・フランチェスコというルネッサンスの画家の、イタリア各地に散らばる作品を訪ね歩き、2週間かけてトスカーナからアレッツォ、アッシジ、さらにはウンブリアの山奥の村などをレンタカーで巡るという強行軍を続けた。その最後にたどり着いた長旅だったので、ヴェネツィア3日目に私はついにダウンしてしまった。ベッドから起き上がれない。無理に起きると目の前が激しく回って倒れてしまう。

結局3日間寝たきりで過ごしたのだが、あのときは本気で死ぬかと思った。

そして、もしヴェネツィアで死んだらサン・ミケーレ島に埋葬してもらえるだろうか。そうだったらいいな。そんなことを考えていた。

ヴェニスに死す。そしてサン・ミケーレに眠る。自分はなんと格好いいのか。

多分熱に浮かされていたのだろう。

 

ヴェネツィア人のようにファンダメント・ヌオーボからヴァポレットでヴェネツィアを一周するように大運河カナル・グランデに出て、それこそ観光客の大軍しかいないようなリアルト橋で降りたのは、決してひと混みを求めたのではない。寒い中に長い時間いたので身体の内外がぬくもりを求めていた。

気取ることはないな。要するに一杯飲みたくなっただけ。

リアルト橋の西岸、サン・ポーロ地区に少し入った路地裏の一杯飲み屋。正しくはカンティーナ・ド・モーリという店だが一杯飲み屋というほうがぴったりだ。薄暗い店にはドアもなく、路地からそのまま入る。 ワインボトルや簡単なつまみ料理が並ぶカウンターの前はまさに土間だ。粗末な木のスツールが4つばかりあるが、それに坐るひとはほとんどいない。立ち飲みがこの店での正しい飲み方になっている。

ヴェネツィア人のようにワインは、好みの銘柄を注文するのもいいが、普通はロッソ赤かビアンコ白かをいうだけで、ワングラス2ユーロ。それにイワシ、小さなタコのマリネ、茹でたカストラウーラ(アーティーショーだろうな)、小さなコロッケ状のもの、トラメッツィーニ(これは小型のサンドウィッチ)など、ひと口で食べられるつまみが山盛りで置かれており、ひとつ1ユーロから3ユーロ。CODキャッシュ・オン・デリバリー現金払い。だがこれは別に食べなくてもいい。

地元のひとらしい、どこかのレストランの料理人のような男がふらっと入ってきて、チャオ・マルコ。ブオナ・セラ・ジョバンニ、などといい合いながらワインをぐっとひと呑み。チャオと去っていく。格好いいではないか。

ヴェネツィア人のようにカンティーナとはヴェネツィア独特の表現で、バーカロともいい、イタリアのほかの地では、そしてもちろんヴェネツィアでも普通はエノテカと呼ばれている。いろんないいかたがあるがつまりは酒屋のこと。日本にもあるじゃないですか。街の三河屋酒店あたりで、店先にプラスティックのビールケースをさかさまに置いて椅子かテーブルにし、勤め帰りのサラリーマンなどが冷や酒を飲んでいる。つまみはスルメかイカ燻。そういう店なのです。

数年前にこの店を見つけてからはちょくちょくやってきて、ウノ・ロッソ、などと大声で注文して地元人を気取ってみるのだが、この濃密なヴェネツィア色にはなかなか入り込めない。

もっと知ったかぶりをすれば、本当の地元人は、ウノ・ロッソ、などとはいわず、オンブラ、とだけいうらしい。いつもの、といった感じなのだろうが、もともとオンブラとは“日蔭”といった意味だ。その昔、昼間の労働に疲れたひとたちが、どこかの日陰に入って一杯やっていた名残りなのだろうが、この、

「オンブラ!」

を一度やってみたいと思いながら、私はまだ実行に移せないでいる。

ヴェネツィア人のようにもう顔なじみではあるので、いつもの、といえば赤ワインが出てくるだろうが、格好つけて、オンブラ、とやって、聞きとってもらえなかったら困るし、聞き返されても恥ずかしい。

このように、いつもながらのじれったさをも覚えながら、今夜も、

「ウノ・ロッソ!」

を延々と繰り返しながら、私のヴェネツィアの夜は更けていくのであります。

 

ヴェネツィア人のように

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