佐山 透(さやま とおる)ドットコム

WEEKENDLESS II - 32   

死ぬ思いでヴェネツィアへ

パリの街歩きで偶然見つけた「ヴェネツィア展」、ティツィアーネ、ティントレット、ヴェロネーゼといったヴェネツィア派の絵画展をルーブル美術館のナポレオン・ホールで観て、それが私の知るヴェネツィアとあまりにも印象が違っていることから、それならばもう一度自分の目でヴェネツィアを見てやろうじゃないか、という気持ちになった。  

死ぬ思いでヴェネツィアへその日のうちにヴェネツィア往復のチケット申し込み、と、ここまでは前回書いた話だが、急いで手配した旅はろくなことがない。  

成田・パリの往復チケットのエクステンションなので、ヨーロッパ・ローカルのオルリー空港ではなく、シャルル・ド・ゴールとヴェネツィア・マルコ・ポーロ空港の便。しかもビジネスクラスを持つ便を探して強引にねじ込んだらしい。最初から無理があったのだ。

12時35分CDG発、ヴェネツィアVCEには2時15分。

死ぬ思いでヴェネツィアへところがCDGに着いてみると、このAF1726便がキャンセルとなっているではないか。空港職員に聞いても、今日のヴェネツィア便はこれ1本。明日には予定通り飛ぶだろう、とにべもない。あきらめて帰った客たちもいたようだが、冗談じゃないよ、とかなり本気で食い下がると、あちらこちらに電話を掛けまくった末、なんとか今日中にヴェネツィアに着けるように努力します、と約束してくれた。

その言葉を信じてカウンター近くのカフェで待っていると、1時間ほど経って、太った黒人の職員が汗をかきながら走ってきた。

ローマ経由ヴェネツィア便がようやく取れました。急いでください。

2時間も待たされた揚句に、広い空港を走らされた。だがその新しい便にビジネスクラスはなく、3人並びの狭いシートの窓際の席。ローマまでだからいいかと考えたのだが、この便、全員を着席させてからなんと2時間も飛び立たない。不審なエンジントラブルが発見されました、というようなことをいっている。

死ぬ思いでヴェネツィアへ結局、ローマ、フェミチーニ空港に着いたのが6時少し前。そして、われわれをヴェネツィアに運ぶ予定だった便は既に出発したあと。新しい便はこれから探すという。

だだっ広いフェミチーニ空港を端から端まで歩かされ、空港端っこのローカル便用待合室なので、ショップもなければカフェもない。そんなところでさらに3時間待たされた。腹減ったぁ。ビール、くれぇ。

疲労困憊、ヴェネツィア空港に降りたときには、広い空港ロビーにひとっ子ひとりいない深夜11時半。  わずかな客たちとバゲッジクレームに並ぶが、ほかの客たちが次々に荷物を受け取って帰っていく中、私のスーツケースだけが出てこない。とうとう最後のひとりになってしまい、おいおい、空港係員まで帰ってしまうじゃないか。ちょっと待てよ。

追いすがってがんがん食い下がること20分。私のつたないイタリア語の剣幕に驚いたのか、離れた別室に連れて行かれた。これはもしかしたら検挙拘束取り調べか、と身構えたが、なんとその部屋の片隅に私の黒いスーツケースが置かれているではないか。ほかに同じような運命の荷物たちが、引き取り手がないまま寂しそうに重ねられている。こんな部屋があるんですねぇ。

文句をいいながら空港を出るが、もちろん送迎バス、シャトルバス、水上バス、ヴァポレット。すべておしまい。陸上タクシーの運転手が数人。振り向きもしない。

死ぬ思いでヴェネツィアへヴェネツィアはご存知の通り海の上に作られた人工の街で、大小の運河が入り乱れていて市内に車がはいれない。水上バス、ヴァポレットか水上タクシー、あるいはホテルなどの送迎ボートくらいしか交通機関がない。だからこれまでの私は、フェリーを使ってヴェネツィア・ラグーナの入口に浮かぶ本当の島、リド島に直接渡ってホテルを取り、そこから毎日ヴァポレットで出かけるか、そうでなくて本島の中にホテルを取るときは、できるだけ少ない荷物で済ますようにしていた。

ところが今回は予定外のことでもあったし、パリに3週間も滞在したあとでもあったため、大きなスーツケースにスポーツバッグ、それに重たいパソコンケース。しかもレンタカーではない。

そんな事情のため、いつものサン・マルコ近くの定宿でも、リド島のホテルでもなく、サンタルチア駅近くのホテルを取ってある。

サンタルチアなら、そこまでぎりぎり車のはいることができるローマ広場ピッツァ・ローマに近いから、大荷物でも歩いていけるだろうとの判断だった。

この判断が甘かった。

ローマ広場からサンタルチア駅は、地図上はすぐ近くだが、そこはヴェネツィア。あいだに運河があり橋がある。しかもこの夜はかなり激しい雨だ。

面倒くさそうなタクシードライバーを、チップを弾むふりをして暗い夜道をぶっ飛ばさせ、雨のローマ広場に着いて、そこからホテルの電話。

死ぬ思いでヴェネツィアへヒコーキが遅れてこんな時間になったじゃないか、と文句をいうもホテルのせいじゃないな。ローマ広場なら歩いて5分だよ。ノープロブレムだと。それは俺のいうことだ。

私の記憶では、ローマ広場からサンタルチアまでは、運河の横を歩いて、小さな石橋をふたつ渡ればいいはずだった。だが、ホテルのフロントは、そうではなく広場左の新しい大きな橋を渡れという。見ると、白く幅の広い真新しい橋が大きく伸びている。あとで知ったことだが、この橋は1年前に完成したばかりで、床が透明なプラスティック。下からの照明で全体が浮き上がって見える、ヴェネツィアっ子自慢の橋であるらしい。確かに私の地図にもなかった。

それはいいのだが、なにしろ篠突く雨の中。橋もバリアフリーの坂道ではなく、ゆるやかではあっても長い登り階段に下り階段。そこを重い荷物をごとんごとんと引きずっていく。雨の中を、だ。

こうして這うようにしてホテルに着いた私。ともかく腹減ったぁ、近くのレストランを教えろ、といったが、フロントのおやじ、首を振ってフィニート、フィニート、全部おしまい。

こうなりゃやけくそだ、と、部屋中に荷物をぶちまけたまま、思いっきり熱いシャワーを浴びて、あとは疲れにまかせて眠るだけ。

死ぬ思いでヴェネツィアへところがベッドに坐って濡れた頭をバスタオルでごしごしやっているところに、ドアがノックされた。

なんだ、このやろ。とドアを開いてみると、さきほどのフロントおやじ、トレイに山盛りのパンの籠と、ワインのボトルとミネラルウォーター、それにグラスを乗っけて立っているではないか。ブオナ・セラ・シニョール。

この瞬間、私の怒り、恨み、疲れは、見事に吹っ飛んだのであった。  

 

翌日は打って変わってピーカン。  ヴェネツィアにはもう幾度も来ているので、ぜひ見なければ、といったものはないが、例のヴェネツィア派3代巨匠、ティツィアーノ、ティントレット、ヴェロネーゼは観なければならない。特にティントレット。  

なぜならば、パリで見たティントレットに私は大きな違和感を持ったのだ。ヴェネツィアのティントレットはこんなじゃなかった、と。

死ぬ思いでヴェネツィアへティントレットこそ最もヴェネツィアを表している。ティントレットこそヴェネツィアを象徴する画家だ。そう信じている私なので、なによりもヴェネツィアでのティントレットを再確認しなければならない。

多くの教会、寺院、宮殿に、数多く飾られているティントレットの絵だが、中でもティントレットといえばアッカデミア美術館、サンタ・マリア・デッラ・サルーテ教会、そしてサンロッコ大信徒会の3つ。

まずホテル近くのフェッロヴィーアからヴァポレット1号線でアッカデミア美術館を訪ねる。

ここには多くのティントレットがあるが、つとに知られるのが「動物の創造」。空を飛ぶ鵞鳥、鴨、家鴨。海を泳ぐ魚たち、陸地を走るシカ、ウサギ、馬、牛。その上を紫のローブをひるがえして舞うように飛翔する創造の神。

死ぬ思いでヴェネツィアへ大胆にしてヴィヴィッドな構成は、現代にも立派に通用する名作であろう。天地創造を描きながら宗教臭を少しも感じさせないのが新しい。この1点だけでもアッカデミア美術館は充分に素晴らしいが、このほかにも数十点ものヴェネツィア派大作を誇る。滞在中は、毎日でもやってくる価値がある場所だ。

アッカデミアを出ると、運河越しに見える丸いクーポラ。サンタ・マリア・デッラ・サルーテ。ここは正午から長い昼休みにはいるはずだから急いで行かなければならない。

サルーテのあとは、その裏手にぽつんとある小さな店。ピッツェリアというかバルというか、簡単な軽食堂。ここでビールとパニーニ。簡単なランチを済ませていよいよサンロッコ大信徒会へ。

ここはすごいですよ。1階の四方の壁全体を埋め尽くす巨大なティントレットに早くも目を奪われて、2階に上がるともうショックもショック。高い高い天井まで続く壁面という壁面。そのすべてにティントレットがあふれている。一点一点が10畳間か12畳間はあるだろう。そんな超巨大作がなんと20点余り。しかも広い天井にも同様の天井画が。

死ぬ思いでヴェネツィアへティントレット以外のなにものもない。まさにティントレットの世界。天井を見上げるために配された椅子の上で、ひとびとは立ちあがることさえ忘れる。

これがティントレットだ。ティントレットは、やはりヴェネツィアで見なければならない。

街の書店で、私は1冊の本を買った。かなり専門的な美術解説書だ。英文だった。

ホテルに帰って、深夜まで読んだ。

ヴェネツィアはほかの都市に較べて湿度が極端に高いので、教会などの壁に直接描くフレスコ画には向いておらず、同じテンペラ画法でも板や壁ではなく布地キャンバスに描く画法が主流となっていった。布地なので、教会の壁に張り付いて描かなくても、工房、アトリエで制作してから運びこむことができ、それだから精緻、精密、そして躍動感にあふれる多くの大作が生まれた、とあった。

ヴェネツィアにはもっと滞在したい。  

 

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