佐山 透(さやま とおる)ドットコム

WEEKENDLESS II - 26   

フェッシュ美術館との幸運な出会い

テレビはスポーツとニュース、それにたまにクイズ番組。それくらいしか見ない。それくらい、といってもまめに付き合うとかなりの時間になるが、それでもドラマ、バラエティには絶対といっていいほどチャンネルを合わせないから、自宅にいる時間帯が長い人間の平均値からすれば少ないほうではないだろうか。

そんな私がこの日はなぜか奥様向けの昼間のバラエティ番組を見てしまった。いつも見ているメジャーリーグ・ベースボールが中止になっていて、ほかでなにかスポーツを、とリモコンをいじっていてその番組に出会ったというわけだ。

この季節に多くなるのか、あるいはいつも繰り返し放送しているのかは知らないが、画面は“駅弁特集”を映していた。日本各地の駅弁を取り寄せるか現地に出かけてかの撮影だったが、出てくる駅弁は、マス寿司だのイカ飯だのとお馴染みのものばかり。テレビ屋さんの芸のなさには呆れるばかりだが、それを多くのひとが喜んでみているらしいから、どっちもどっち。

そしてなんということか、私までが、駅弁食べたいモードに陥ってしまったではないか。

思い立ったらじっとしてはいられない。といっていまから列車に乗ってどこかに旅するわけにもいかない。となるとどこかデパートあたりで購入するしかない。駅弁を多く扱っているデパートといえば、東京駅の大丸デパートしかないではないか。昔はそうだったから、いまもそうだろう。

という見事に理論的な選択がなされて、私は急遽東京駅へと向かった。行動的だなぁ。

 

デパートなどめったに来ないから、おろおろしてしまう。

やたら工事中の八重洲口側に迷いながらたどり着いた大丸デパートで、地下に降りようと思ったものの、エスカレーターの場所がわからず、すぐ近くのエレベーターの前に立った。3基並んでいるそこのエレベーターはみっつとも最上階に上がっていて、並んでゆっくりゆっくりと降りてくる。コンピュータ制御されていないようだ。頭悪い。

いらいらして待っている私に、壁に飾られた1枚のポスターが飛び込んできた。

フェッシュ美術館との幸運な出会い「イタリア美術とナポレオン」展。

確かしばらく前「コルシカのナポレオン」といった展覧会がどこかで行われるといった話を聞くか見るかした記憶があるが、もしかしたらこれがそうだったのか。時間も余っているから、ちょっと見てみるか。そんな軽い気持ちで私は、ようやく降りてきたエレベーターをやり過ごし、地下から戻ってきた1基で10階の展覧会会場へと向かったのであった。駅弁はあとでいい。

 

「イタリア美術とナポレオン」は、やはり「コルシカとナポレオン」だった。会場前にはふたつのタイトルが混在している。途中で変わったのだろうか。この日が最終日となっていた。

この催しものに関してはなんの先入観も予備知識もなかったが、展示されている美術品は予想を裏切るものだった。

入って最初に見せられるのは、ボッティチェッリ「聖母子と天使」。

フィレンツェ・ルネッサンスの生んだ巨人の有名な一連の作品のひとつだが、これがなぜ“ナポレオン”なのかわからない。といってフィレンツェの名作を集めたのでもないことは、続く作品たちでわかる。

フェッシュ美術館との幸運な出会いベッリーニ「聖母子」はヴェネツィアで、サリンベーニ「聖ペトロとシエナの聖ベルナルディーノを伴う聖三位一体」はシエナ。さらにストーメル「イサクの犠牲」はシチリア、という風に作品、作者の帰属がまちまちだということが私にもわかる。わかるから困ってしまう。この展覧会の狙いはなにか。ナポレオンはどこにいるのか。

首を傾げながら、それでもすぐれた、しかも懐かしい作品ばかりなので喜んで進んでいくうちにやっと気付いた。そうか、ここに並んでいる作品はすべて同じ美術館が蒐集し、展示し、あるいはそこからよそに流出したものばかりなのだ。その美術館こそ、ナポレオンにもっとも縁の深いところだったのだ。

フランスの離れ島コルシカ島、アジャクシオ市にあるフェッシュ美術館。

ナポレオン・ボナパルトの叔父であり、腹心であり、のちには枢機卿となったジョセフ・フェッシュの個人的で膨大なコレクションが展示されている。

フェッシュ美術館との幸運な出会いそうだったのか。目からうろこ、といおうか、一度は行ってみたいと思いながらも実現せず、これからも訪れる機会はないだろうと思う、そんなフェッシュ美術館にここで出会えるとは。思いがけない幸運に、会場半ばにして胸ふるわせるおじさんでした。

でも、それなら初めから「フェッシュ美術館展」「コルシカ・フェッシュ美術館展」とすれば、私なんか喜んで早くから駆け付けただろうに、そうではなくナポレオンの名を使わなければならない、客が来ないだろうと考える主催者の気持ちもわかる。どんな番組にも“たけしの”と付ければよしとするテレビ屋さんも同じ発想かな。

ベルニーニ、プレーティ、ジョルダーノ、ガウッリ、フェッラーラと目のくらむほどの作品が続き、ナポレオンが登場したのはおしまいのひとコーナー。それもナポレオンの家系譜と胸像、わずかな遺品と数点の絵画。ナポレオンの名に惹かれてやってきたひとたちから文句が出ないのかとも思うが、そうでもなさそうなので、やはり日本の客たちはテレビ的に見事に教育されている、しつけられた羊なんだな。そう思う。

フェッシュ美術館との幸運な出会いそうした嫌味はともかくとして、私としては、フィレンツェ、ヴェネツィア、シエナ、シチリア、ローマ、ナポリ、ジェノヴァ、イタリア各地が生み、育て、誇っている作品群に心奪われ圧倒されたのとは別に、わずかしかないナポレオン関連作品にも強く惹かれたのも事実だった。

私の場合、ナポレオンと聞くとイタリア、コルシカではなくパリということになる。その昔パリに居座っていたころも、そののちしつこくパリをさまよい歩いていたころ、つい最近でもパリに舞い戻るたびにも、機会、時間のある限りフランス革命とそれに続く数十年のパリの姿を求め、探し続けていた。 

革命前後のパリをあらゆる角度から復元、復刻、展示、公開しているマレ地区のカルナバル美術館。昨年も足を運んだが、うーん、また行きたくなった。

そうだ、この秋もやはりパリに行こう。カルナバル美術館を歩こう。そしてできればマレ地区にホテルをとって、古いパリをもっとも残しているあの街をゆっくり歩いてみよう。パリの昔の空気を思いきり吸い込んでこよう。  帰って、そんな旅行の段取り、準備をしなければならない。

私の気持ちは、こうして固まってきた。多分そうするだろう。

そしてその前に、革命前後のパリ、ナポレオンを生んだパリについてもっと調べなければならない。

私の書棚にもそうした書籍はいくらかあるだろうが、あまり期待できない。なにしろコレクションというものが大嫌いで、買った本、読んだ本、調べた本は、すべて用がすんだら捨ててしまうか、ブックオフに引き取ってもらうかして手元に置かない主義だ。だから同じ本を3回も4回もかうはめにもなるのだが、パリ関連の本も多分同じ運命をたどっているはずだ。

大丸デパートを出た私は、メトロで1本、神田は神保町に向かう。ここも久しぶりだ。

フェッシュ美術館との幸運な出会い目当ての古書店は引っ越したのか閉店したのか、姿を消していたが、同じような古書、洋書はすぐに見つかった。パラパラと立ち読みして、案外知らなかったことの多く書いてある懐古的ガイドブック「Guide du Pris Revolutionaire」(Paris Musees刊)と「フランス革命 歴史的風土」(田村秀夫著、中央大学出版部)を購入した。

帰宅まで待ち切れず、懐かしい小学館横の喫茶店に入って、買ったばかりの2冊のページを開く。

空腹を感じたのでミラノ風バーガーなるものを注文して、はっと気がついた。

あ、駅弁!

すっかり忘れていた。

 

フェッシュ美術館との幸運な出会い

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