佐山 透(さやま とおる)ドットコム

WEEKENDLESS II - 22   

先物買いオペラの二日間

 昔でいえば公民館。いまではなんとかホール、テアトルなになに。そういったいわゆる地方自治体が運営するハコモノ文化施設は押し並べてそうだろうが、客席と舞台とのバランスが悪い。大体舞台が立派過ぎて狭苦しい。客席を圧倒している。

そのような舞台を幾度となく見ているせいか、今回のこのゆめりあホールは舞台、客席のバランスもよく、こじんまりした中に余裕のようなものを感じさせる。大泉学園の駅前ビル6階ということは、練馬区の施設か。
その小さな舞台には幕はなく、開場時点ですでに舞台設定がなされている。

下手奥にグランドピアノがひとつ。上手側、いくらか中央に白いクロスの掛けられた団地アパートによくあるような食卓、2脚の椅子。それだけ。これだけの舞台で、紹介されているような複雑でにぎやかな物語が進行するのか。

このひとたちの前回の舞台もこのように質素、簡単なものだった。確か三鷹市の同様のホールで行われたその舞台は、プッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」。あのときも舞台大道具はひとつのテーブル、数脚の椅子だけだった。しかし「ラ・ボエーム」だからあの質素さでもよかった。パリの屋根裏部屋に集う貧しい芸術家の卵とやはり貧しいお針子との悲しい恋物語なので、豪勢な舞台は必要ない。しかも19世紀末の話ではあっても、特別な衣装もいらない。出演者たち、つまり歌手たちは全くの普段着で、それに違和感はなかった。余裕のないオペラ舞台に「ラ・ボエーム」はまさにうってつけだとの感を改めて抱かせた舞台ではあった。

先物買いオペラの二日間けれども今回の演目は「ラ・ボエーム」ではない。オリジナルストーリーによるコンサート形式となっており、送られてきたパンフレットによると、とある小さなレストランにやってきた青年とその恋人。店のオーナーシェフとその妻。女性ソムリエとホモっ気のあるマネジャー、それに女性パティシェ、狂言回し的なウエイトレス。この男女が入り乱れて繰り広げる“愛と恋のお洒落なドタバタ劇”となっている。かなり入り組んだお話になりそうだから、こんな舞台でいいのだろうか。幕が上がる前、いや、幕はないといったばかりだから、オペラが始まる前まで、客席の私は大いに心配していたのであった。

というわけで大泉学園のゆめりあホールにきた。

Konzert Kirscheコンツェルト・キルシェ第3回公演 Ristorante d‘amoureリストランテ・ダモーレ
オペラの二期会、その51期研修生、つまりクラスメートが集まって、自分たちだけの構成、出演、演出で、オリジナルなオペラ劇を、というものだ。

このクラスメートのひとりで、この舞台の多分主役を演じる高梨英次郎が、話せば複雑、私の友人でさる大学の文学部教師、その教え子の友人ということで、そしてその教師がオペラにまったく疎いことから、前回の三鷹の舞台に私も招かれた。そのときに挨拶を受けたことがまた今回の招待になり、私としては、前回の舞台にいささかの不満はあったものの、これは期待してもいいかなという思いもあったので、喜んでやってきた。未発見の新人、将来の大物を発掘するかもしれないというオペラファン心理、先物買いの気持ちも多少はあったのだろう。

お話はパンフレットの通りに進行し、各シーンにその場にぴったりと思えるオペラのアリアが歌われる。

まず男の子のようなパティシェがモーツァルト『フィガロの結婚』の「恋とはどんなもの」とうたえば、客の若い女性とマネジャーのデュェット、ドニゼッティ『ドン・パスクワーレ』の「用意はできた」と、話を進ませていく。 

先物買いオペラの二日間そして、料理の代わりにそれに似たアリアという趣向で続くが、シュトラウス『薔薇の騎士』の「薔薇の献呈二重唱」がアペタイザー、レハール『ジュディッタ』の「私の唇は熱きくちづけ」が魚料理だったかな。卵料理の場合にはモーツアルト『魔笛』のおしまいに鳥差しのパパゲーノがようやく出会った恋人パパゲーナと声を合わせてうたう「パパパの二重唱」で、衣裳の裾からぽんと卵を産み落とすといった昔風のくすぐりもある。

舞台はどんどんと進み、第2部にはいっていよいよ男女入り乱れての色模様、恋のさや当て、嫉妬合戦となり、最後にはやはりめでたしめでたし。シュトラウス『こうもり』の「乾杯の歌」終わるのだが、ほかにどのようなアリアがうたわれたかを、いくつか選んであげてみよう。

モーツアルト『ドン・ジョバンニ』「お手をどうぞ」

ドニゼッティ『清教徒』「私は美しい乙女」

ヴェルディ『トラビアータ』「プロヴァンスの海と陸」

ドニゼッティ『愛の妙薬』「ラララの二重唱」

レハール『メリーウィドウ』「男・男・男のマーチ」

プッチーニ『ラ・ボエーム』「もうミミは戻ってこない」

プッチーニ『ラ・ボエーム』「私が町を歩くとき」

ドニゼッティ『愛の妙薬』「人知れぬ涙」

先物買いオペラの二日間こうしてみると、話が色っぽくなった第2部にドニゼッティ、プッチーニが重なっている。使われる場面設定は異なっていても、ドラマティックなシーンにはドラマティックなオペラからという、仕方がない決まりがあるようだが、わが高梨英次郎がうたった「人知れぬ涙」など、これはちょっとした大舞台でも充分に通用するかもしれないぞと思わせるなかなかの歌唱であった。

もう一度聴きたくて、ただひとり“アンコール!”を叫んだのだったが、歌の終わりに早くも舞台下手から次の人物が登場してしまっていて、私の声は完全に無視された。余裕がないなぁ。

先物買いオペラの二日間こうして約2時間半。思いがけなく楽しいオペラ・アリアの数々を楽しませてもらったのだが、素人ながら世界中の名舞台を聴き歩いてきたおじさんとして、えー、簡単ではありますがひとこと。

みんな、うまい。よく勉強しています。よく練習しています。

でも、なにかが足りないんだな。

なにか、とはなにか。

よくいうでしょう。華がない。そう、華がないんですよ。

華は、艶といってもいい。色気でもいいだろう。

まさか、パバロッティの艶っぽさを、ドミンゴの威風堂々を、カラスの華麗さを求めてはいない。それは不可能にしても、もう少し、もう少し、だな。

こういういい方をしようか。

オンガクをどう書くか。きみたちはまだ音“学”の域を出ていない。音“楽”の域まで高めるにはなにが必要か、それを考えてほしい。

きわめて古臭いいい方かもしれないけれど、それは、ひたむきさにも通ずるのではないだろうか。

先物買いオペラの二日間いまもいったように、ドラマティックなシーンはドラマティックな歌に頼る。ホモっぽい若者を出して笑いを取ろうとする。本来は上流社会の乱れた遊興生活を風刺、批判するはずだったドラマを、お茶の間テレビレベルのコントに落としてのうけ狙い。多くの部分において軽すぎる。軽いのはいいが、皮相だけではいけない。中身のある軽さ、それがほしい。

けれども、このコンツェルト・キルシェ。第4回がいつになるか知らないが、また寄させてもらいますよ。なに、うるさいからもう来るなって?

じゃ、最後にもう一発、だ。

コンツェルト・キルシェのキルシェはサクランボの意味。ドイツ語だ。それなのに「リストランテ・ダモーレ」。どうしてここはイタリア語になるの?

今夜の私、褒めているのか貶しているのか。

ふつかのちの昼、私は九段にあるイタリア文化会館のアリエッリ・ホールに出かけた。
ここであるオペラ歌手のオーディションが行われていたからだが、二日前の若者たちの舞台とここ、私の先物買いは続いている。

先物買いオペラの二日間JAS日本芸術振興協会というNPO組織が、南イタリアの小さな都市エルコラーノ市と提携して、エルコラーノほかイタリアのいくつかの都市にあるオペラハウスに日本人の新人歌手を進出させようというもので、2日間で約50人の男女がオーディションに応じてきている。

オーディションなので、アニエッリ・ホールの広い客席は閑散としており、中央にイタリアからやってきた審査員、ローマ歌劇場芸術監督、ノヴァーラ・カルロ・コッチャ歌劇場芸術監督、ベッリーニ大劇場芸術顧問たちが並んで座っているほかには、私のようなもの好きな見学者がぽつんぽつんといるばかり。

グランドピアノだけのステージに、次々と応募者が登場し、オペラのアリアを歌い、お辞儀をして去っていくのだが、リストを見ても知っている名前はひとりもない。では駆け出しの若者ばかりかといえばそうではなく、もちろん学生のような応募者もいたが、中には恰幅のいい中年男性もいたし、すでにしてメトロポリタン・オペラかどこかで活躍していそうな貫録たっぷりのひとも、越路吹雪かと思えるようなろうたけた女性もいた。
みなさん、舞台に出て審査員に挨拶するのだが、

「ボン・ジョルノ、ミキアーモ、だれそれ」

と名乗って、いきなり歌い始める。緊張がありありと伝わってきて、こちらも背を伸ばす感じだ。

先物買いオペラの二日間そして、ひとりふたりを除いて、みんなうまい。いかに長い歳月、オペラの世界に浸かっていたかを感じさせる。と同時に、これほどのひとたちがまだまだ無名なのは、日本のオペラ界がいかに狭い門しか持っていないのかも思い知らされる。底が深いといえばそれまでだが、このひとたちを、町の“歌自慢”“名物おじさん”で終わらせないために、私たちも熱心に応援しなければならないのではないか。

そんなことを考えた、秋の入口ではありました。

 


  先物買いオペラの二日間

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