佐山透

老人と湘南の海

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繰り返す心変わり

  

未紗の健康のためと、2匹の犬のために葉山に移ってきた、といえばいかにも犠牲的、献身的と思われるだろうが、私はご存知のようにそんなにいいひとであるわけがない。転居の大部分の理由は、私の生来の落ち着きのなさ、飽きっぽさであった。

15年間に及ぶアメリカ暮らしののちに日本に帰ってきて、まずはインターネットだけで探し、購入、転居した桜上水のマンション。いくつかの不満はあったが、広い中庭、パティオがあったり、大学の広大なグラウンドがすぐ目の前に開けていたり、いかにも世田谷らしいこじんまりしたイタリアンレストランなどもいくつかあったりし、それなりに満足してはいた。

ところが帰国してちょうど1年たったころ、トヨスにまったく新しいスタイルの超高層マンションが造られることを田村正和のテレビCMで知り、冷やかし半分で見学に行って、その場で購入を決定してしまった。桜上水がいやになったというのでなく、新しいものに心奪われたということだ。惚れぬいて、大騒ぎをして一緒になった女性がいるのに、1年のちにはほかの女性に心奪われたわけか。私の場合、女性ではなく住む場所、棲む国が対象になるようだ。

桜上水からトヨスに、すぐにでも移りたかったのだが、なにしろトヨスはまだ建設が始まったばかり。完成まであと2年かかるということなので、お預けを食ったまま2年間待たなければならなかった。

その2年目のおしまいに、まるで警戒もしていなかった胃がんが発見されて摘出手術を受ける羽目になったのは、なにか神からの警告でもあったのだろうか。いい気になるなよ。調子に乗るなよ、という。

しかしそんなことでめげる私ではない。

繰り返す心変わりトヨスの高層暮らしはなかなか快適で、10メートル以上も続く広い窓から、はるか遠くに筑波の連山。真正面には日に日に背丈を伸ばしていく東京スカイツリーが、グラウンドカバーのような下町の家いえの上に見え、さらにマンションの近くは、まるで新しく生まれた未来都市。ショッピングでも食事でもバルでも、そば屋でさえシャープでハイなセンスをみせてくれていた。東京で、日本で一番とんがった街が私のものになったのだ。

こんな暮らしの中で、オペラ観劇、美術館巡り。センスのいい、気心の知れた友人、後輩、仲間たちを招いての、私てづからのイタリア料理とワインの夕べを催したり、どうだ、俺の美意識もかなりのものだろうと、いい気分で暮らしていた。

その私が湘南の地、できれば葉山、できれば御用邸の近く、さらにできれば、景観も風も遮られることのない海に近い少し高台に住みたいと考えるようになったのは、まさにトヨス生活1年目のころであった。

前回も書いたように、その間に16年共に暮らしたミンミンの他界、しばらくのちにミンミンの霊に引かれるようにやってきたプーリーとドゥージーのことがあったし、未紗の体調の問題もあったが、総合的に考えてみても、やはり私の気まぐれ、飽きっぽさ、落ち着きのなさが最大の理由であることは間違いない。

桜上水で1年、トヨスで1年と、私の心の中の目新しさ、わくわくする思いは薄れ、新しいものを求める気分が育ってきたのだった。

結局葉山での土地探しの試行錯誤、家造りのための新鮮な発見と未紗や星武司たちとの話し合い、アイディアの出し合い、口論などを経はしたが、ほぼ理想的な場所に理想的な家を建てることができて、移ってきたのが2010年11月23日、とは全回書いた。トヨスには1年と8カ月しかいなかったことになる。

 

このエッセイは、トヨスに移る前から始めており、私のきわめて個人的な行動、考え、音楽、美術、その他の芸術、さらに幾度となく出かけていた海外への旅の記録、長い歳月好きなように生きてきた過去へのオマージュ、感傷などを書き連ねてきた。

初めに1年分は、トヨスに移る直前までの文章を『イタリア式リタイヤ術』なる1冊にまとめたし、2年目の1年分は、トヨスの日常と、数回のヨーロッパの旅で『イタリア式老楽術』として世に出した。
そして3年目も同じように書き進め、その中に葉山に新しく家を建てるまでのこと、葉山に引っ越してきたことなども書き、同時進行の形で隣のコーナーに、ミンミンとの16年間を振り返る感傷的な文章を未紗のイラストとともに連載し、これも先般『永遠の猫・ミンミンと』としてたくさんのひとの目に触れている。

繰り返す心変わりというわけで、葉山に来るまでの1年分もまた本にするつもりで、版元からも早くまとめてくれるようにいわれていた。70歳にもなった男がまったく新しい、それこそ新天地に家を建てる。その面白さ、無謀さ、バカバカしさは必ず話題になりますから、ともいわれた。

私もそのつもりだったのだが、葉山に来て、さらに文章を書き進めるうちに心変わりが起こった。
1年間、葉山についてはもちろん数多く書いたが、ほかにもいくつものオペラ、歌舞伎、能楽、美術展などについても書き、ことにエドゥアルド・マネに関する私の少し見当はずれな批判は、斯界の某氏から抗議、お叱りを受けたりもした。

そんなテーマまで一緒にして「葉山新築移転バナシ」を1冊にしてはおかしいのではないか。移転新築のものだけをすっきりまとめたほうがいい。

しかしそれだけでは分量が足りないので、全体を、葉山に来るまで、と、葉山に住んでから、の2部構成にしたほうがいい。

つまりあと約1年か半年、葉山の暮らしについて書き続けて、それから本にしよう。1年目、2年目に続くのは、3年目と4年目の合体となる。

そう考えて、版元にも了承をもらって、御用邸の森が見える書斎の窓辺のデスクでワープロを打ち続けていたのだが、あるとき、それをやめた。

このエッセイの8か月に及ぶお休みはそのときに始まったのだが、ひとつの、というにはあまりに大きなできごと。日本ばかりではなく、世界のひとびとの心、考え方までも根底から崩し、変えてしまうできごとが起こったのだった。

こんなひとりよがりな文章などを、したり顔に書いているときではない。

 

2011年3月11日のことであった。

 

繰り返す心変わり

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