
WEEKENDLESS II - 15
それは、突然にやってきた。
朝起きたら、右腕が動かなくなっていた。ベッドから立とうとしたら、右腕にまったく力が入らずごろんと倒れてしまう。なんとか起き上がってシャツの腕を通そうとしても、腕が少しも上がらず、仕方なくTシャツはあきらめて前あきの生成りのボタンシャツ。それでもまず左腕を通し、その左で肩口から引っ張り上げるようにシャツを右に回し、靴下をはくように右そでを引きあげてようやく着ることができた。
ジーンズをはくのもひと苦労。左手だけではいたことがないから、なん度も転びそうになる。普段何も考えずにしていたことが、実はたいそう難しい作業であることを知った。人間というもの、いかに大変なことをさりげなくやって過ごしているかがわかる。
痛みはある。確かにじーんと重い痛み、疼痛感覚はあるにはあるがたいしたことではない。右腕がほとんど動かないのが困る。重い荷物をぶら下げているように、腕を上げることができない。
脳のどこかがぷっつん来たのかと思ったがそうではないようだ。左手だけで歯を磨き、顔を洗い、リビングに出てこれも片手でシリアルを作って、こぼしながらではあるが無事に食べて、さて、約束のゴルフに行こうとしたのだが、さすがにそれはあきらめた。まず運転ができないだろう。
この日一緒にゴルフのプレーをするはずだった若い友人に電話をかけ、理由をいってキャンセル。
することがないから、テレビの前に坐って、大昔の収録したイタリア映画のビデオを見て過ごした。見た、といっても、ただ画面の前で呆然としていたといったほうがいい。
どうしたらいいのか。なぜこんなことになってしまったのか。このまま治らないのか。ほとんどわれを失っていたようだ。
ゴルフの約束をしていた友人が、早い午後に訪ねてきた。大急ぎで18ホール回ってそのまま駆けつけてきたという。
この男、ある大学のゴルフ部を出て、いまはフリーのテレビディレクター。主にスポーツ番組を撮っているが、こんな日に個人的なゴルフをするようだから、それほど忙しいわけではない。要するに、売れていない。
「ちょっと脱いでみて」
私のシャツをむしり取るように脱がせて、右腕を強引に動かしてみていった。
「五十肩ですね。センセの場合は七十肩か」
余計なことをいいながら、バッグから粘着テープを取り出して、型にぺたぺたとはりつけていく。職業がらか、こうしたテーピンググッズは常に持ち歩いているようだ。
「腕を吊ったような効果は出ていますが、これで治るわけじゃない。いまからでも医者に診てもらったほうがいいですよ。年も年なんだから」
最後まで余計なことをいいながら、なぜかおかしそうに笑って帰っていった。
こうして私の、突然の闘病生活は始まった。
近くの整形外科に出かけた。
右腕を無理やり上げ下げしてみて、
「レントゲンを撮ってきてください」
そのレントゲン写真を見て、
「ここが固まっているかもしれないけれど、骨には異常はありませんね。年齢的なものでしょう」
どいつもこいつもひとこと多い。
結局、
「よくわかりませんね。薬を出しますから、一週間ほどようすを見ましょう」
処方された薬とは、ビタミンEとビタミンB12。サプリメントと変わらないじゃないか。
テーピングをして帰ったあいつがしゃべったのと、かかってきた電話で私が話したこともあって、その日のうちに数人の友人知人の知ることとなったのだが、みんなこうした話が好きだ。ひとのことは面白いのだろうが、いろんなアドヴァイスやら経験談をいってくれる。
「五十肩は治りにくいよ。1年か2年、肩は動きませんよ」
「四十肩は肩が回らない。五十肩は腕が上がらない。だから四十肩はキャッチボールができない。五十肩はゴルフができない。そういわれています」
「筋肉がくっついて石灰化しているんですね。手術しかありませんよ」
おい、ちょっと待て。なんでいきなり五十肩に決めつけるんだ。七十肩でもいいけれど、そうとも限らないんじゃないのか。
あっさりとはあきらめない私は、ほとんど片手ハンドルで、越中島の鍼灸整体院龍泉堂に向かった。町中のビルの2階にあるこの治療院は、知るひとぞ知る評判の守口龍三院長。多くのアスリートたちを廃業の危機から救いだしてくれたひと。幾人かのプロゴルファーからその名前は聞いていた。
守口師、私の肩、腕を触診し、
「五十肩ではないかもしれませんね。五十肩ならこれほどは動きませんし、もっと激痛が走るはずです」
これでも動いているほうですか。確かに激痛というのはないな。
守口師、わかりやすく説明してくれた。
四十肩、五十肩というのは、肩の痛みや運動障害の総称で、それぞれいくつもの症状をまとめて呼んでいるだけ。強いていえば、肩関節周囲炎。主として筋肉、腱などの老化のよるものらしく、退行性変化ともいうが正確な原因は不明とされている。
昔から、ある日突然肩に痛みが走り、髪を結うことができない結髪不能。帯が結べない桔帯不能が年寄りの特徴ともいわれていた。
けれどもこれらは普段あまり動かないひとに多く出る症状で、例えば農業、漁業などに従事しているひとには表れにくい。
ではうんと使えばいいのかといえばそうではなく、使いすぎ、酷使はさらに悪く、引っ越しや災害で急に重い物を持ち上げたりしてなることも少なくない。
なにか過激な運動はしませんでしたか、といわれて考え込んだ。ゴルフなどは肩の運動は意外に少なく
それが原因とは考えにくいそうだ。
そういわれてふと思い当った。
3月に2週間ほど入院し、その後の軽い静養などもあって、あの時期運動不足を感じていた。やがてボート、クルージングを始めたが、それとて運動とはいい難い。実はかなりの勢いで背筋、腹筋は使っているのだが、そのイメージは持ちにくい。
そんな思いもあり、またクルージングのための上半身の筋力強化の目的もあって始めたのが2種類の器具。ひとつは強いゴムロープにつながれた2輪のごろごろマシーン。これを毎日100回ほど転がして、上体を鍛えている。もうひとつは、昔気まぐれに購入した短くて重いゴルフクラブ。これをびゅんびゅん、ぐんぐん、ぶりぶりと振り回すこと30分。
おかげで上体が強くなった気にはなっていたが、実はそれほど変わってはいない。ある年齢に達した人間に筋力アップは無理だ。せいぜいストレッチにとどめておけ、といわれた20年前を思い出してはみたが、そうか、これが原因だったのか。
ひとり納得する私に、守口師はいう。
「急に激しい運動をすると、靭帯の断裂が起こりますが、そこまではいっていない。石灰の沈着も見られない。関節嚢の炎症もありますが、筋力の低下、というのが実際のところでしょう」
なん日か来てください。それで治れば五十肩ではありませんという。
そして私は続けて3日、ふつか休んでまた3日、龍泉堂を訪れ、針を打ち、電気をかけ、ついでに腰の整体を受け、その結果、
「もう大丈夫でしょう。ゴルフにでもいらしてください。休まずにどんどん動かしたほうがいいですから」
といわれてこの日やってきたのが若洲リンクス。数日前にキャンセルしたあのコース。どこが五十肩だ。どこが七十肩だ、というところを見せたかったから、余計なことばかりいうあの若者も誘った。
だが、治療院では動いた右肩が、ひと晩休んだせいかまるで動かない。肩が上がらない、回らない、というゴルフとしては最悪な状態で、若者は、
「コンパクトなテークバックでいいんじゃないですか」
などとからかうが、ほとんど肩の高さからのスイングでは、強く打とうとすると、ヘッドが戻り切らないうちに打ってしまってボールは右に大きくすっぽ抜け。ではゆったり振ろうとすると、今度は身体が止まりすぎて左へぎゅんと曲がる、いわゆるダッグフック、チーピンだ。
なだめすかしてなんとかまっすぐ打てるようになったのは6番ホールあたりだが、そうすると12番ごろには疲れが出て右腕がどーんと重くなり、叩き落とす感じのダフリ、それを避けてのすくい打ち、トップにスライス。
この日の18ホール、スコアはいわない。というよりスコアにならなかった。
帰りに龍泉堂に寄った。
ゴルフの成果を伝えると、
「そこまでできればもうOKです。これほど早く治るのは絶対に五十肩ではありません。やはり筋力の低下でしょう。休まずに使ってあげてください。老化との闘いですよ」
守口師まで最後に余計なひとことをいった。
けれども、若洲リンクスの植林のあいだから眺め東京湾の海は、強風のため白い波頭が騒いでいた。この風も今日明日には過ぎるらしい。
明後日は船で沖に出てみようか。

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