佐山 透(さやま とおる)ドットコム

WEEKENDLESS II - 13     

東京にもイタリアがあった?

毎年決まり切ったことのようにヨーロッパのいくつかの街を訪れていると、当然のように各地に知り合いはできてくる。

知り合いといっても、行きつけのバルやトラットリエのおやじ、マダム程度だったり、隣り合わせて話がはずんで、一緒にどこかに出かけるまでに親しくなったレベルだったり、あるいはその街にいる間、なん度も語り合い、そのひとがのちに日本に訪ねて来るまでになって、友達といってもいいほどの相手まで、いくつもの段階に分かれるが、その街に行っても、必ずそのひとに会うわけではなく、わざと連絡しないことも多い。

私の来訪を知って向こうから連絡してくる相手もいるが、忙しいから、と逃げてしまうことも少なくない。ひとに会うことによって、旅の気分、わがままが崩されるのを嫌っているのだ。

だが、いまの私は少し不思議な気持ちになっている。妙に彼の地の知り合いに会いたい気分なのだ。パリのあいつ、ミラノのあのひと、ヴェネツィアの彼女、ローマのあの子。どうしているのかな。

このように珍しくひと恋しい思いに誘われているわけは、もうなん回か書いた気がするが、この春から1度もヨーロッパ、アメリカにいっていないからだ。すぐにでも会えると思うと億劫になり、会えずにいると会いたくなる。やはりわがままには違いない。

いまの私はいささかの欲求不満なのであります。

会いたいな。パリのあいつ、ミラノのあのひと、ヴェネツィアの彼女、ローマのあの子。

そんなときある女性雑誌を眺めていて、“東京のイタリア街”というページに行き当たった。

新橋と汐留のあいだの一画がイタリア街と呼ばれ、イタリア風のバルやレストラン、ブティックがいくつも立ち並び、新しいおしゃれスポットになっているという。

うん、これは一度出かけてみる価値はあるかな。

その昔、アメリカはカリフォルニア、パームスプリングスに暮らしていたころの話。隣の州はネバダ、ラスベガスにヨーロッパの都市を真似たホテルが立て続けにオープン、というバブル的なブームが到来した時期があった。ホテル・パリス、ホテル・ヴェネシァン、ホテル・ニューヨーク・ニューヨーク。

ホテル・パリスの前にはエッフェル塔がそびえ、中にはシャンゼリゼが、ムーラン・ルージュが。ホテル・ヴェネシァンの広いフロアにはヴェネツィアのカナール(運河)が流れ、ゴンドラが浮かび、ゴンドリエがなぜかナポリ民謡を歌う。ホテル・ニューヨーク・ニューヨークでは、もちろん自由の女神がお出迎えで、薄暗い内部にはウエストヴィレッジのジャズクラブやハンバーグショップ。

このように変身したラスベガスに、車で4時間という近さもあって、わがパームスプリングスの暇な連中は競って遊びに出かけたものだが、そんな中のひとり、ロサンゼルスで幾度か個展を開き、アトリエは別荘をかねてパームスプリングスという日本人画家、イラストレーターがいっていた。

「近くに本物そっくりのヨーロッパがあるんですから、わざわざ遠いあちらまで行くこともありませんね」

暇さえあれば“わざわざ遠いあちら”に出かけていた私への、精いっぱいの突っ張り、ひがみ、皮肉だったのだろうが、それを聞いて、それまでいくらかは認めていたその画家の評価が音をたてて崩れていった。
突っ張ってヨーロッパを否定するならともかく、偽物で充分とするとは、お前さん、それで画家だ、芸術家だなんてあんまりってもんじゃありませんか。

東京にもイタリアがあった?そんな私が、いま“東京のイタリア街”に行ってみようとしている。背に腹は代えられず、とでもいっておこうか。ああ、少し口惜しいな。

トヨスからゆりかもめ。始発駅から終点ひとつ手前まで、距離に対して思いきり時間のかかる道のりを経て、汐留まで。工事中の目立つ駅から暗い道を歩き、新幹線かなにかのガードをくぐった先、そこがどうやらイタリア街らしい。

東京にもイタリアがあった?日が暮れていたのでよくはわからないが、淡いオレンジ色か、イタリア人がよくいうはちみつ色の石畳。グリーンのペンキで飾られたアールデコ風のベンチが散らばる広場。背景にぽつりぽつりと並ぶ店の壁面は赤や黄色の原色ペンキ。うーん、イタリア風といえばいえなくもないが、イタリアのどこなの? 東京タワーの隣に日光東照宮、うしろに富士山が見えて、これが日本ですよみたいだな。

どうやらこのイタリア街、まだできたばかりか、あるいはまだできあがっていないか。夕刻7時という時間帯にもかかわらず、この街の存在がまだ知られていないのか、せっかくの街並みが森閑、寂しげ。

東京にもイタリアがあった?でもせっかく来たのだからと、広場の角のバルというかビアホールというか食堂というか、いまいちはっきりしない店、MILL FIORE(千の花、ですか)にはいった。いや、表のテーブルに着いた。とりあえずビール、は当然イタリアンかなと思っていたらお勧めはドイツビール。悪くはなかったが、軽いつまみを尋ねると、タコスにサルサソースです、とさ。やっぱり、ここはどこ?

そのテーブルで切り抜いてきた女性誌のページを開き、街灯の光にかざして見て、さてどの店に行こうか。

写真と能書きでは、いい店がいくつかある。

東京にもイタリアがあった?The Seasoner 汐留。広いテラス席がひろがるイタリアンらしいが、「星が見える汐留のリゾート!!豪華シャンデリアとソファで過ごすぜいたくな大人の時間」。そうですか。「甘い生活(ドルチェ・ヴィータ)」の真似っ子にはいいか。

D4VERVEDERE。ヴェルヴェデーレというからにはフレンチか。それともウイーン風かな。「2つ星レストランで修業を積んだシェフが腕をふるう」。どこの2つ星? え? ふたつ? 「ふかふかのソファ席で、グルメな女の子友達とのお洒落ディナー」。ふかふかソファじゃ食べにくくない?

雑誌に紹介してもらうときには、取材記者とライターの能力をチェックしたほうがいいようだ。かえって客が逃げる。

東京にもイタリアがあった?と、文句をいいながら、Ristrante La Loggiaに決め、その場で電話を入れたのは、その店がそこから近いことと、ほんとうのイタリアンに近い気がしたからだが、JRA中央競馬会の黒々と巨大なビルの正面は、いかにもビルの谷間風でかえって場末感が漂う。もっと明るいほうがいいのにな。

テラス席もあるのだが、お運びに時間がかかるからという不思議な理由で中の席に案内された。白を基調にさわやかな中間色でまとめ、家庭風な高級感を持つそこは、同じイタリアンでもトラットリア、ピッツェリアではなくレストラン。そうだよ、Ristrante,って書いてあるじゃないか。でも、勝負はやはりお味でしょう。

東京にもイタリアがあった?いくつかの中から選んだコースメニューは、シーフード中心の比較的軽いもの。まずぐい飲みのような器で現れたのは、「ポテトの冷製スープです」。ヴィシ・ソワーズのことでしょう。フレンチの名前だから、そういわないの?

オードブルじゃなかったアンチパスタは、いくつもの魚を小さく可愛く飾った皿で、オリーブオイル仕上げのお刺身、小ダコのマリネ、どう見てもこれは〆サバだ、などが並んでいる。横には白く細かい泡状のものが添えられており「ショウガ風味のバブルソースです」。となるとこれ、和風? 「いえ、スペイン料理から取りました」。よくわからんな。

東京にもイタリアがあった?けれども、ウニのパスタのあとのセコンド、あまだいのグリルはかなりの線、行ってました。シンプルに塩をまぶして焼き、オリーブオイルでいただく。料理はシンプルに限るね。「塩がいいね。これ、シチリアの塩と見たが、いかが?」「いえ、ベネトでございます」。おいしければいいか。

東京にもイタリアがあった?2時間かけて不思議でおいしい食事を終え、これはなんとプーリエのデザートワインにアオスタ渓谷のグラッパと、最後の最後まで自分がどこにいるのかわからないままいくらかいい気持ちになって、はっと気がついた。

今日は、私の誕生日ではなかったか。

誰も気づいてくれないんだもんな。いいよ、俺なんか。誕生日なんか、うれしくないさ。

東京にもイタリアがあった?

 

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