


便利な田舎、いい田舎
葉山マリーナは、私の家から車で15分ほどにある。
このことは、これから書こうとしている話にとって重要なのでしっかり覚えていてほしい。
などとオーバーにいうほどのことではなく、ちょっとした伏線を張ってみましたよ、と自分自身にいい聞かせているだけ。こうしておかないと書き進んでいくうちに忘れてしまいそうな気がするのだ。
その葉山マリーナに行った。
といってもヨットは持っていないし、トヨスに住んでいたときには、浦安のハーバーに係留し、月に2、3度は乗り回していたクルーザーも、葉山に移るに際して手放してしまった。
葉山に来るときに船を手放すとは話が逆だが、こうした説明しがたい行動も私の悪い癖のようで、いまの私は当時声高にいい募っていた“海の男”でも“キャプテン・テリー”でもない。ただ“海のそばに住んでいるおじさん”なのだ。
その私がなぜ葉山マリーナに行ったかというと、どこかに出かけた帰り道、気まぐれで立ち寄ったにすぎない。駐車場があっておいしいコーヒーを飲ませてくれて、それに海を眺めていられるところ。葉山マリーナはそんな店のひとつだ。
海に向かって広がる窓際のカウンターは、傾きかけた冬の日差しを正面から受け、眩しく温かい。店内には邪魔にならないボリュームで西海岸風のイージーリスニング曲が流れている。このマリーナに入っている地元の音楽放送局「湘南ビーチFM」をライブで流しているようだ。このFM局は木村太郎さんが運営している。
そうしたうとうとしたくなる時間を送っている私に、同じカウンターのすぐ近くに坐っていた中年夫婦らしいふたりのダンナのほうが話しかけてきた。いきなり、
「最近、イタリアはやめたんですか」
は? と聞き返すではないか。なんのこと? と。
「いや、去年車を買い換えたでしょう。いつの間にかフランス車に変わっていたんでびっくりしましたよ。もう“イタリア式”はおやめになったのかな、と思いました」
なるほど。そういうことか。
この男性、そして横でにこにこしている奥さん。ふたりは私の相当コアな読者であることがわかった。
なぜなら、車を変えたのを知っていることは、前の車といまの車のどちらも知っているわけで、私の家も知っている。しばしばわが家の前を通る。あるいは近所に住んでいる。そしてこのホームページにも目を通してくれているということになる。
それだけではまだ不十分だ。車チェンジには気づいても、“イタリア式”にまで及ばないはずだ。このホームページの連載を1年分ずつ2冊にまとめて『イタリア式リタイヤ術』『イタリア式老楽術』として出版したが、この“イタリア式”は単行本のタイトルであって、ホームページ連載中は別のタイトルだった。
だから「イタリアはやめたんですか」と尋ねたのは、ホームページも単行本も読みましたよ、ということでもあるのだ。少なくともタイトルくらいは見たはずだ。
大昔、テレビや雑誌によく出ていたころ、つまりシャッツラをさらしていたころには、このように知らないひとに話しかけられることは珍しくなかったが、ご隠居歴20年あまりのいまはほとんどない。
だから、そのときなにか気のきいた返答でもすればよかったのだが、少々うろたえていたもので、ああ、いやいや、そうですね、などと間抜けな対応をしてしまった。あの夫婦は、イメージが崩れた感、を抱いてしまったかもしれない。ああ、私としたことが。
だがまだ望みはある。あのひとたちがこのホームページを見てくれていることは間違いないのだから、これからゆっくり説明すればわかってもらえるはずだ。
トヨスから移ってきたころは、アルファロメオ147CNCという車に乗っていた。6年前日本に帰ってきてまもなく購入したアルファロメオに続く2台目のアルファロメオだった。CNCというのはいわゆるデザイナーズ・ブランドで日本に100台しかないというレアな1台。アイスホワイトという抜けるような純白に黒のトリミングで、そのシャープでお洒落なセンスが大いに気に入っていた。
ではなぜ変えたのか、といわれそうだが、家、建物に合わなかったから。
何度も何度も打ち合わせし、ヨーロッパの建築雑誌なども研究し、日本にはほかにあまりないような家を造ろうとし、かなりの線でうまくいったと自負できる家になったのだが、その家と、家の前に駐めておく車とが感覚的に合わなかったのだ。
家も車も、私の好きなイタリア風なのに合わない。
ひとくちにイタリア風といっても、たとえばマセラッティ、ランボルギニー、フェラーリのようなシャープで近未来風な感覚と、「イタリア・小さな村の物語」的な、ワインの香りがするような生活感覚の両極端があり、私の車と家がそうだった。家を換えるわけにはいかないので車を換えた。そういうことだ。
次はどの車にするか。どの車なら新しい家に合うか。
書店で車雑誌を立ち読みし、インターネットでカー情報を集め、どれも帯に短くたすきに長い。思い切ってものすごく古い、廃車同然のものを買って、中身を徹底的にチューンナップ。新車を作ろうかとも考えたが、そんなとき出会ったのがいまの車、シトロエンCC・プルリエル。現在は生産をやめていて、日本には数が少ない。
まず色が気に入った。オランジュリ・シュ、南の果樹園、という色合いは日本語でいうとキンチャ色というのか。
なぜこれにしたか。うちのポスト、郵便受けと同じか近い色だから。
玄関前のスロープの壁にポストを付けたのは、家が完成したのちだから、壁の色、家の雰囲気にぴったりしているのは当然で、だからそのポストに合わせた車は家にもあっていることになる。
ということで、車を変えたわけは説明した。
次は、“イタリア式”をやめたのか、というお尋ねに。
もちろん私も、車選びはイタリア車中心に考え、探していた。だがイタリア車のセンスはイタリア家屋のセンスとは極端に違う。アバルトというボックスタイプのお洒落な車もあったが、それでもまだシャープすぎる。
で、フランス車なれど私好みのイタリアンセンスのシトロエンになった次第であります。
そもそも私は自分の新しい家を“トスカーナ風”とはいっても“イタリア風”とはいっていなかった。つまりイタリア風シャープさは最初から求めていなかった。そして同時に“南仏風”ともいっていた。表現の違いで、私の狙いは“南ヨーロッパ風”であった。
ですから“イタリア式”をやめたわけではないし、あれは単行本のタイトルであって、車を変えてからのこのホームページを『イタリア式ナントカ』として本にするつもりも、いまのところ、ない。
と、かなり強引に“ご返事“したが、ここで思い出した。
この一文の初めに、
「葉山マリーナは、私の家から車で15分ほどにある。」
と書いた。危なかった。忘れるところだった。
車で15分といえば、かなりの距離だ。東京でいえば、混雑度によるがトヨスから晴海、銀座、日比谷を過ぎて半蔵門あたりで15分くらいか。完全なよその町だろう。知り合いに会うことなどまずないはずだ。
だが葉山で15分はまだご近所。近所なので近所のひとと出会うのも当たり前。
しかも葉山のひとたちは、よその街に出かけることがあまり好きでない。いろいろ不便なことがあっても、なにもかも葉山の中で済ませようとする。食べることも、飲むことも、遊ぶことも。だから当然知り合いに会う機会も多い。
知り合いだから、相手のいろんなことも知っている。いきなり、
「イタリアはやめたんですか」
と尋ねても、少しも失礼でないのだ。
近くて遠きは田舎の道。
そうなんだな。葉山は田舎なんだな。
だが、なんと快適な田舎なのか。
さっき書いた、木村太郎さんとこの若いスタッフがいっていた。
「葉山は不便で便利なところです。プリンターのインクひとつ買うのにも逗子を通り越して鎌倉か大船。逆なら山を越えて横須賀に行かなければならないけれど、葉山には海があって、いい風が吹いていて、すべてがおいしくて、優雅に快適に生きるには、こんな便利なところはありません」
お若いの。いいこというねぇ。おじさんもそう思うよ。
こんなことがありました。
近くの洋品店のダンナが、前を通りかかった私にいった。
「岩波から何冊か本をお出しになったんですか」
いいえ。私はあのような左翼的な会社とはお付き合いがありません。相手にしてもらってない、といったほうがいいかな。
ダンナはいう。
「いやね、お宅の車のナンバーが“イワナミ”になっていたんで」
帰って自分の車を改めてみた。あのシトロエン。
ナンバープレートに打たれている数字は“1873”。
与えられるままに付けていた番号で、そんなこと、気にしたこともなかった。
これも、田舎のよさなのかな。
葉山って、いい田舎だな。
そんなことを考えながら、2匹の犬を連れて御用邸海岸から一色海岸を歩いていると、大きなリトリバーを引いた奥さんにあった。犬の散歩でよく会うひとだが、名前も住んでいるところも知らない。
その奥さんが、犬同士のあいさつが終わって左右に別れるときにいった。
「ああ、そうだ。お宅の屋上の電気、昨夜から点けっぱなしですよ」
