佐山透

老人と湘南の海

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葉山への道

 

葉山の地に移って、まもなく1年が過ぎようとしている。

東京湾岸のトヨスの高層マンションで、安穏というにはあまりにも刺激的、とんがった日常を送っていた私たちが、突如思い立って、葉山に土地を購入し、みずから勉強し、考え、よそにはまずない家を建てようとした。

葉山への道長い年月を送ることになるだろうと思っていたトヨスを、このような形で去ることになろうとは、わずか前にも考えていなかったのだが、こうした突発的、衝動的な転居にも、私として見ればそれなりの理由はあった。

第一の原因は、アメリカ時代から16年間も続いてきたミンミンとの暮らしの終わりと、新しい家族との暮らしの始まり。

ミンミンとのことは、この隣のコーナーで約1年間『永遠のミンミン』とのタイトルで連載し、書き終わってまもなく1冊の本『永遠の猫・ミンミンと』として世に出て、多くのひとに泣いてもらい、笑ってもらったりしているのだが、このミンミンが残した喪失感は想像以上のものであった。

ペットのいない暮らしなど考えられない私たちだったが、ミンミン亡きあとは、もうこんな思いはしたくない。もうペットを飼うことはやめよう。そう思っていた。

だから私と未紗は、ふたりだけの静かな日常を送るように努め、私の書く『永遠のミンミン』に未紗が昔の仕事のイラストを添え、ふたりでミンミンの記憶と向き合って生きるようにしていた。これからの人生、そうして生きていくのだろうと、ふたりとも思っていたのだが、その思いは長く続くことはなかった。

私と未紗のあいだに、会話がなくなった。ふたりで食事を摂っていても、黙りこくって食べるだけでおいしくもなければ楽しくもない。昼でも夜でも、ふたり部屋にいるときも、なにも話すわけでなく、ふたりあらぬ方向に視線を流し、ぼんやりとなにかを見つめている。いや、なにを見ているというのでなく、なにもない窓の外になにかを探している。そんな時間ばかりが冷え冷えと続く。
ああ、もういやだ、と私があのちゃぶ台返しの心境になりかけたころ、同じような気分だったらしい未紗がいうのだった。

「猫はもういいわ。今度は犬を飼ってみましょうか」

そのときからインターネットでの犬探しが始まった。ブリーダー、ペットショップなどを調べ、何件には実際に出かけ、そして池袋の大きなペッショップで生後2か月足らずのフレンチ・ブルドッグと出会うまで3週間たっていた。

ペットショップの小さなケージの中で、白く小さなフレンチ・ブルドッグが、大きな眼を私たちに向けてくーんと鳴いた。そのときから、このフレ・ブルは私たちの家族となったのだが、そのフレ・ブルのケージと向き合う形で置かれていた別のケージからもさらにはっきりした声でくーんが聞こえた。

フレ・ブルより2週間ほどあとに生まれたというが、犬種のせいでもっともっと小さなダックスフントが、ケージに前足を掛けるようにして私たちを見ていた。そしてこのダックスも、フレ・ブルの弟としてわが家にやってくることになったのだ。

フランス語の“一番”プルミエ、から“プーリー”。

“2番”ドゥージエム”、から“ドゥージー”。

つまり“タロー”と“ジロー”。

そう名付けられた新しいわが子たちは、トヨスの高い部屋で元気いっぱい、乱暴狼藉、天真爛漫。私たちに、ミンミンを失った寂しさをいくらかでも忘れさせてくれた。

ミンミンのためにわざわざ作った、2畳間ほどもある立派なケージは、ミンミンの霊が漂っているようだったのでさっさと取り外して処分してしまっていたが、プーリーとドゥージーのために新たに同じようなものを作ったし、砂敷きの猫トイレと違う子犬用のシーツ敷きトイレもふたつ並べた。

私たちの日常が急に華やいできた。モノクロ画面に鮮やかな色が蘇ってきた。
そうした日々が数カ月続いたころだった。どこかに引っ越したほうがいいな、と考えるようになったのは。

葉山猫なら、特に老いたる猫、ミンミンなら、一日中部屋にいても苦痛ではない。むしろ、部屋の高い窓から遠い下界をいつまでも眺めているのが大好きなミンミンだったのだが、子犬となると日に1回や2回はリードを付けて走り回らせたり、外の空気に触れさせたりしなければならない。

トヨスの運河沿いの散歩道は、車も来ないし芝生も揃っているし、ペットの犬たちにとって申し分ない環境ではあったのだが、プーリーとドゥージーがぐんぐん成長するにつれ、私たちに新たな夢というか欲求が芽生えてきた。

この子たちを、自宅の庭で走り回らせたい。散歩も、レンガやアスファルト、まれに芝生、といった人工の場ではなく、波が足もとまでやってくるような広い海岸の砂浜を歩かせたい。走らせたい。遊ばせたい。

長い時間の説明だったが、これこそ私たちが湘南は葉山に移ってきた第一の理由だった。
あともうひとつ、アメリカ時代の終わりごろから未紗の健康がいささか優れない時期が続いており、治りにくいといわれるその病の、まさに数少ない専門ドクターが運営している病院が湘南の地にあることも理由だった。いわゆる転治療法。葉山に見つけた土地からその病院まで、車で15分。

土地探しから、家の設計、建設。さらには引っ越しまでちょうど半年。建売ではない、かなり特殊な難しい家屋なので、これは異常なスピード、突貫工事。

私の、早くしろ、早くしろ。それでいて手を抜くな。私のアイディア、工夫、思いつきを生かしてくれ。このようなわがままを、むっとしながらもいちいち聞いてくれたデザイナーズハウスの建築会社、スターホーム。湘南ヌーベルヴァーグ、星武司たちの犠牲的な仕事ぶりには大いに救われた。

 

 2010年11月23日。私たちはふたりと2匹。晴れて葉山に暮らすことになったのであった。

それからの話は、次回に。

 

葉山への道

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