佐山 透(さやま とおる)ドットコム

2008 冬

WEEKENDLESS PLAYBACK 5

タオルミーナでメリークリス

 

タオルミーナでメリークリスマス旅先の朝は遅い。というのは、旅に出ると原則的に夜のワインの量が増え、朝まで残っていることが多く、寝起きはどうしても悪くなる。だから必然的にホテルの朝食はパス。ゆっくり休んでランチタイムから一日を始めるのが普通だが、この街では不思議なほど朝が早いのだ。カーテンの外が明るくなるころにはもう起きて、明るい朝日が斜めに差し込むころには、シャワーも済ませて食堂のテーブルに坐っている。

タオルミーナでメリークリスマス

この目覚めのよさはなんだろうとずっと思っていたのだが、今日そのわけがわかった。それは、なにもすることがないから。どこにも出かける予定がないからであった。テラスに出てデッキチェアーに横になり、そのまま眠ってもよし、本を読むのもよし。この気楽さ、あといくらでも休めるといった安心感が目覚めをよくしている。なるほど、理論的だな。

タオルミーナでメリークリスマス

タオルミーナに来て、もう5日たっている。

ミラノからほんの思いつきでシチリアはパレルモにやってきて、思いがけずマッシモ劇場で「アイーダ」を観るという僥倖を得たあと、またまた思い立ってシチリア島の反対、イタリア半島側のタオルミーナまで来てしまった。

どうしてこういうことになってしまったのか。マッシモ劇場に感激したことも、パレルモで見事なほど日本人に会わなかったこともあり、このまま日本には帰りたくないと感じ、同時に最後の3日間のパレルモが小雨続きで、街を歩いていても、歴史的に価値の高い場所を訪れていても、なんとなく気分が重い。そんなとき、ホテルのガイドブックを眺めていて、そうだ、タオルミーナにいってみようとなったのだ。

タオルミーナでメリークリスマス

当初は高速バスを利用するつもりで、わざわざバスターミナルまで行って16ユーロの予約チケットを買ったのだが、移動の朝、ホテルからのタクシーのドライバーに聞くと、タオルミーナまで3時間足らずで行くという。バスなら、カターニアで乗り継いで5時間はかかる。気は変わった。350ユーロというのを300ユーロに値切って、まっすぐにタオルミーナまで。

タオルミーナでメリークリスマス

シチリア島を浅いU字に横切る形で高速道路を突っ走り、遺跡と城塞の山岳都市エンナの裾を駆け抜け、途中のサービスエリアで給油。そうこうするうちの左手にエトナ山の雪化粧が見え始め、その山裾をぐるりと回る感じで、やがてタオルミーナ出口。だが、タオルミーナはタウロ山の傾斜地にしがみつくようにある街なので、町に入ってからが難しい。くねくねと曲がる石畳の道を、古い家屋の壁をこするように進み、ようやくホテルにたどり着き、ドライバーに思わず50ユーロもチップをはずんでしまった。値切った意味がない。

ヴィラ・パラディーソ。家族経営の小さなホテルだが、それでも4つ星で予約した最上階の部屋に、広いテラスがついている。タオルミーナでは、テラスに寝そべって海や山を見る以外にすることがないとは、パレルモでいわれていた。部屋代の250ユーロには代えられない。

タオルミーナでメリークリスマス

 朝食のあとすぐテラスに出てデッキチェアーに坐ると、眼下にイオニア海が朝日にきらきらと輝いている。横たわると、斜め右遠くにエトナ山が聳え、白雪の山肌をさらに白い雲が幾筋も流れている。真上には抜けるような青空。他になにもない。

タオルミーナがローマの昔から、貴族豪商たちのリゾート地だったことにうなずける気がする。この、なにもなさがいい。ヴァカンスといえば、本来からっぽ、なにもないの謂い。それが証明されている。

だから私は、もう5日間もこうしてヴァカンスを過ごしているのだ。

1時過ぎに起き上がり、外に出る。この街は、観光地、リゾートの街なのに、しっかりとシェスタをとる。2時を過ぎるとすべての店が、食事どころさえもしまってしまう。その前にランチをとらなければならない。

ホテルから坂道をだらだら上るとこの街ただひとつの商店街ウンベルト通り。すべての店がこの通りの両側に集まっている。なにを食べようか、といってもピッツェリア、トラッテリア、レストラン。同じような食事しかできないが、それはそれで楽しいもの。同じシチリア料理、シーフード、南イタリアンでも、店によってドラスティックに味が違う。たかがパスタでも奥が深い。

タオルミーナでメリークリスマス

ウンベルト通りの中ほどに、短い石段を登る奥にAFORIOなる食堂には3夜続けて入った。 NARINOという名前の男がたったひとりのシェフとともにやっている小さな店だが、シーフードがびっくりするほどおいしい。というより、魚であれ野菜であれ、こちらのいうとおりに調理してくれる。新鮮なシーバスも、毎回オリーブオイルこってりでは飽きてしまう。シチリアの塩をたっぷり振りかけてそれだけでグリルしてくれ。野菜もシチリア風マリネ、カッポータではなく、北イタリア風にオーリオなしの素焼きにして塩だけで食したい。逆にパスタは手打ち麺カバッテッリにボラの卵つまりカラスミ、ボッタルガをまぶして、などといいたい放題。NARINOははいはいということを聞く。この男、なぜか日本人が好きなのだ。

タオルミーナでメリークリスマス

数年前、日本のテレビクルーがタオルミーナに来た。そのとき撮影の3日間、昼も夜もやってきてくれた日本人たち。ひとみしり。知らないところには入れないだけなのかもしれないが、感じのいいひとたちだったという。ディレクターかカメラマンの名刺を大切に持っている。ぼろぼろの写真の束の中に高木沙耶。若いころの顔だった。

それ以来日本人には大好きだというので、日本人はよく来るのかいと尋ねると、今年あなたたちが3組目だという。大丈夫か。


結局この日のランチは、違う店でオムレツとサラダにグラスワイン。

町はずれの崖上からケーブルカーで下の海岸まで降りてみた。ケーブルカー、フニクリだというが、実はゴンドラ。動き出してもなかなかドアは閉まらないし、がたがたと揺れるし、よその家の窓ぎりぎりで通るし。客はほかにいない。

海沿いの自動車道路を少し歩き石段を降りていくと、いきなり視界が開け、目の前に小さな島が浮かんでいた。

しばらく見とれていた。50メートルほど先に、三角形の島の緑が海の青、空の青にくっきり。イゾラ・ベッラ美しい島。

タオルミーナでメリークリスマス

この島は引き潮のときには砂州で海岸に通じ歩いて渡れる。パブリックな島なので、夏には水着姿のリゾート客であふれるという。いいな。今度来るときには、この島に渡ってみようか。

今度? 私はここにまた来るつもりなのか。


タオルミーナでは、毎年6月、タオルミーナ・シネマ・フェスティバル映画祭が開かれる。ヨーロッパ各地、ハリウッドなどから多くのスターたち、映画製作者たちがやってきて、ヴェネツィア、カンヌ以上の格だという。彼らは山の上ではなく、海に突き出す崖の上の五つ星ホテル、カポ・タオルミーナに宿泊し、パーティに明け暮れる。カポ、つまりケープのホテルは、映画「グラン・ブルー」、ジャン・レノ鮮烈デビューの作品の舞台になったところだ。そこに泊まれるかはともかく、映画祭、来てみてもいいかな。

タオルミーナでメリークリスマス

しかし来年2009年は、3月に豊洲の高層マンションに引っ越し。2、3カ月はかかりっきりになるだろうから無理かもしれないな。来年は日本でおとなしくしていようと思っていたのではなかったか。

でもねぇ、年に1度はパリに行きたいしミラノにも行きたい。ニューヨークにも行かなければならないし、4年ぶりにヴェネツィアにも行こうか。日本におとなしくいるなど、私にはできない相談かもしれない。

タオルミーナでメリークリスマス

で、タオルミーナはどうしようか、などと考えながら、再びケーブルカーで山の上に戻りウンベルト通りを歩いていくと、ドゥオーモといっても小さな教会だが、その前の4月9日広場で数人の男たちが作業中だった。広場に背の高い三角のもみの木を押し立ててクリスマスツリーの制作中。

そうだ。明日はクリスマスイブ。

メリークリスマス。

 

タオルミーナでメリークリスマス

 

 

 

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